旅行エッセイスト・宮田珠己さん(photo 本人提供)
旅行エッセイスト・宮田珠己さん(photo 本人提供)

 日常から逃れたいなら、非日常を味わえる読書がおすすめ。この秋、一冊の本を手にし、未知なる世界の扉を開けてみてはいかがだろう。旅行エッセイスト・宮田珠己さんが「旅行記」を紹介する。2022年11月14日号の記事から。

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■突っ走った「旅行記」集めました

旅行エッセイスト・宮田珠己さん「『行きたい』『見たい」貫いていい」

 訪ねた土地の歴史や文化に深い興味を持ち、現地の人々との触れ合いを楽しむ。一般に旅行記にはそんなことが書かれているイメージがありますが、私はちょっとたがの外れた旅エッセイが好きです。今回紹介する10冊は、著者の「どうしてもそこに行きたい」「それが見たい」という情熱や、好きなことしかしたくないという個人的な思いが、旅行記の定型を突き抜けてしまった、ある意味わがままな旅の本です。

 内田百けん(=もんがまえに月)の『第一阿房列車』は、まさにその筆頭。列車が好きでひたすら乗っていたいという思いだけで書かれています。現地の名物、伝統文化などはほんの申し訳程度にしか出てこず、ただただ列車で起こったどうでもいいことをグダグダ書いているだけなのにこれが面白い。本人にとってはそれこそが楽しいのだろうということが伝わってきます。

『第一阿房列車』/内田百けん(=もんがまえに月)/新潮文庫
『第一阿房列車』/内田百けん(=もんがまえに月)/新潮文庫

『こぐこぐ自転車』も、伊藤礼本人のどうでもいい考察が延々綴られます。サドルのせいで自分のパンツがお尻の穴に吸い込まれることに悩んだりしていて、とことんくだらないんだけど、ユーモラスな文体に麻薬的な読後感があって大好きです。

『カスバの男 モロッコ旅日記』は、画家の大竹伸朗が現地のゴミや破れたポスターのかっこよさに圧倒されながらさ迷う異色の旅行記。著者の手による挿絵がまた強烈で、ふつう旅先でゴミを見ようなんて思いませんが、読むうちに自分も見てみようという気になってきます。

 どの本にも旅行ガイドブックにあるような観光情報はほとんど出てきませんが、だからこそ古びず、いつ読んでもその世界に浸ることができるうえに、何度読んでもその都度新鮮という意味では、温泉や音楽のようなものなのかもしれません。

(構成/編集部・井上有紀子)

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