小柳元樹さんと朋子さん(photo 写真映像部・高野楓菜)
小柳元樹さんと朋子さん(photo 写真映像部・高野楓菜)

 AERAの連載「はたらく夫婦カンケイ」では、ある共働き夫婦の出会いから結婚までの道のり、結婚後の家計や家事分担など、それぞれの視点から見た夫婦の関係を紹介します。AERA 2022年11月7日号では、リアスウッドラボ・気仙沼で木工家として働く小柳元樹さん、一般社団法人・気仙沼地域戦略で勤務する小柳朋子さん夫婦について取り上げました。

【写真】小柳さん家族3人の海辺でのショット

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夫33歳、妻31歳で結婚。娘(3)と気仙沼市唐桑町(宮城県)で3人暮らし。

【出会いは?】共通の知人の集まりで会う。当時、妻は京都在住、夫は気仙沼で働いていた。

【結婚までの道のりは?】3年後、同じ知人を介して、お見合いのような食事会で再会。夫は知人から「あの子ならどこでも生きていけるから」と妻について助言を受ける。翌月から遠距離交際、妻が移住を決めて翌年に結婚。

【家事や家計の分担は?】平日、娘を保育園に送るのは妻、お迎えから夕食までを夫。週1日は3人で過ごし、子守りや家事全般は5:5になるよう調整。娘の髪結いと衣替えは妻。財布は別。

夫 小柳元樹[40]リアスウッドラボ・気仙沼 木工家

こやなぎ・げんき◆1981年、長崎県生まれ。高校でインテリア、技術専門校で建築設計を学ぶ。工務店で大工の見習いをし、2010年に独立。東北旅での被災がきっかけで、NPO現地駐在員として気仙沼市の復興支援に従事。14年に起業、無垢材を使った木工品を製作する

 撮影地の大谷海岸は、妻に付き合おうって電話した場所です。一緒に暮らし始めた頃は、東日本大震災から5年目。風景がどんどん変わる非日常感のなかで、心強い味方が来てくれたと思いました。

 これからまちがどうなるかわからない状況下、復興支援から次段階に移る時期で僕も悩み、気持ちが乱れることもありました。妻だから忍耐強く対話して、関係を続けてこられたと思います。

 起業したのは防潮堤問題に地域が直面していた時期。海が遮断されるのが残念で、緩和できる何かを求め、自分ができることに置き換えて始めたのが「海と山をつなぐ木工品」がテーマの製作です。気仙沼は海と山が近く、つながりがいい循環を生む。三陸のリアス式海岸は、僕の出身の長崎とも原風景が重なります。

 妻は人が喜ぶ方に優先して動く性格。だから移住者として活躍できる半面、自分は後回しで力尽きる場合もあるので、隣で少し心配しながら見ています。大変さもあるから幸せがあるのだと思いつつ。

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