車いすテニス界に新しいスターが生まれた。16歳の小田凱人(ときと)だ。国枝慎吾を見て競技を始めた少年が、あこがれの人に世代交代を迫る。AERA2022年11月7日号の記事を紹介する。
【写真】楽天ジャパン・オープン決勝前に国枝と握手を交わす小田
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日本の車いすテニス史に刻まれる名勝負に、居合わせた観客は幸せをかみしめていただろう。今夏のウィンブルドン選手権に初優勝し、全豪、全仏、全米を含む4大大会とパラリンピックをすべて制する「生涯ゴールデンスラム」を達成した国枝慎吾(ユニクロ)が外国選手と繰り広げてきた死闘と比べても、見劣りしない濃密さだった。
■追いつめられゾーンに
10月8日、東京・有明コロシアム。楽天ジャパン・オープンの車いすの部決勝でレジェンドの国枝に挑んだのは、16歳の小田凱人(ときと)(東海理化)だった。今年の全仏で4大大会にデビューしたばかりで世界ランキング5位まで急成長した新星だ。国枝は明言していた。
「本当にスーパータレント。テニスもかっこいいし、すごく良い球を打つ。すごく近い将来、トップになるんじゃないかな」
小田は過去3戦全敗の国枝との決勝を控えた前日に言った。
「自分のレベルも上がっていると自信を持って言えますし、勝つ可能性も以前よりはかなり高いと思っている」
第1セットを3-6で落とした。第2セットも0-2と先にブレークを許した。まだ歯が立たないか。そんな空気を切り裂くように、小田の豪打が決まり出す。6ゲーム連続で奪い、セットを奪い返した。最終セット。1-5で迎えた第7ゲームで4本のマッチポイントを国枝に許した。ここで、吹っ切れた。
「追いつめられてから一気にゾーンに入った」
生まれて初めての感覚。無心の強打の連続で、6-5と形勢を逆転した。
そのときの会場の空気に微妙なものを感じた。国枝が日本人選手に16年ぶりに敗れる歴史的瞬間の目撃者になれるかもしれない。一方、「生きる伝説」が22歳下の少年に世代交代の引導を渡されるドラマを、まだ拝みたくない。その交錯が観衆の拍手やどよめきに入り交じった。