エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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「東京はお金のある人か権力のある人か若い人は楽しいが、それ以外の人にとっては楽しくない街だ」

 あるテレビ番組の街頭インタビューに答えた人の言葉だそうです。司会者は大いに同意していたそうですが、あなたはどう思いますか。確かに東京の住人は、人と車と建物の多さに疲れ切っているでしょう。家賃も物価も高いし、自然は少ないし。でも、文化資本という視点で見ると、世界でも指折りの恵まれた都市です。

 都内や近郊に住んでいる人は、思い立ったらいつでも電車やバスで名画を見に行くことができますよね。恐竜の骨だって見られます。これはとてもラッキーなこと。ティラノサウルスの化石やモネやピカソの絵が常設展示されている街なんて、世界でもごくわずかですから。小さな美術館もたくさんあり、貴重な作品や新しい芸術に触れることができます。パンデミックの前までは、世界的に有名なオーケストラや人気アーティストがしょっちゅうやってきては公演を行っていました。都心部周辺の住人は、わざわざ休みをとって飛行機や新幹線を乗り継がなくても、数百円から千円程度の交通費で仕事帰りに公演を見に行くことができるのです。本好きには、大きな図書館があります。多種多様な習い事の教室で同じ趣味を持つ仲間を見つけることもできます。進学塾の選択肢も多い。学びのチャンスが豊富なのは、先進国の都会ならではです。

 都心で一人暮らしをしている私は、地方にワーケーションに出かけた時や、豪州第4の都市パースで暮らす家族の元に戻った時には、自然と調和した穏やかな時間の流れにホッとします。でも同時に、東京の公共交通機関の便利さと、文化資本の圧倒的な豊かさを思わずにいられません。都会では忙しくて、身近な富が見えなくなっているのかも。

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

東京は公共交通機関が充実し、潤沢な文化資本がある街だ(写真:gettyimages)
東京は公共交通機関が充実し、潤沢な文化資本がある街だ(写真:gettyimages)

AERA 2022年10月31日号

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小島慶子

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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