「障害」ではなく「異彩」。福祉ではなく、アートビジネスの文脈から障害者福祉の価値観と可能性を拡張していく(写真=横関一浩)
「障害」ではなく「異彩」。福祉ではなく、アートビジネスの文脈から障害者福祉の価値観と可能性を拡張していく(写真=横関一浩)

 ヘラルボニー代表取締役社長、松田崇弥と副社長の松田文登。サバの缶詰から高級ホテルのスイートルームまで。障害のある作家たちが描くアートが今、社会のそこかしこを彩り始めている。手掛けるのは松田崇弥と文登が立ち上げたスタートアップ「ヘラルボニー」だ。自閉症の兄が「かわいそう」と言われる社会への違和感が二人を駆り立てた。障害は欠落ではない。福祉の考え方を拡張するビジネスで、社会の偏見を変えていく。

【写真】兄の翔太さんが最近描いたコンテ画を見て驚く崇弥さんと文登さん

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 どんな意味かはわからない。そもそも意味さえないのかもしれない。

 ヘラルボニー、ヘラルボニー、ヘラルボニー。

 四つ上の兄・翔太が、7歳のときに自由帳に書いたおまじないのような言葉。双子の弟の松田文登(まつだふみと)(31)と崇弥(たかや)(31)にとって、それは変哲もない日常風景だった。

「これ見てください。何十冊もあるんですよ」

 崇弥が机の上にどさりと自由帳を広げて見せてくれた。今年の8月下旬、岩手県金ケ崎町にある実家を訪ねたときのことだ。言われるがままページをめくる。LION、SONY、東北電力、岩手銀行……。鉛筆で丹念に書かれた企業ロゴに交じって、繰り返しヘラルボニーという言葉が出てくる。翔太は重度の知的障害を伴う自閉症だ。自分の考えや感情をうまく話すことができない。

翔太が書いたヘラルボニーという言葉。会社設立時は0件だった検索結果が今は約30万件以上に。文登と崇弥が大好きで、2人が帰ってくるときは作業所を休んで出迎える(写真=横関一浩)
翔太が書いたヘラルボニーという言葉。会社設立時は0件だった検索結果が今は約30万件以上に。文登と崇弥が大好きで、2人が帰ってくるときは作業所を休んで出迎える(写真=横関一浩)

 だが、好きな物へのこだわりは人一倍強い。お気に入りの服はプロ和太鼓集団「瑞宝太鼓」のロゴ入りTシャツ。眼鏡とネクタイをつけた人が好きでタモリ推し。走る新幹線を見たときは、家族全員で「せーの、しーんかーんせーん!」と掛け声をかけるのがお決まりなのだそうだ。

 しまった、今日はネクタイをしていない。挨拶(あいさつ)をした後で一瞬後悔したが、翔太はこちらを気にする様子もなく座椅子ですやすやと眠り始めた。

 自由帳に書いた言葉は今、「株式会社ヘラルボニー」という崇弥と文登が共同で設立した会社の名前になっている。ミッションは「異彩を、放て。」。異彩とは、障害のあるアーティストのことだ。

 ヘラルボニーの主体はアートライセンス事業だ。全国の福祉施設にいる約150人の障害のある作家とライセンス契約を締結(2022年10月時点)。作家らのアート作品をデータ化し、自社ファッションブランドのほか、家具、ホテルの内装、空港のコンコースなど、クライアントの依頼に応じて多様な商品や公共施設に落とし込んでいる。

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