photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 ある夜、ローマの高級住宅街のアパートの1階に車が突っ込む。運転していたのは3階に住む裁判官夫婦の息子。2階に住む孤独な妊婦は陣痛がはじまり、1階に住む夫婦は仕事のため隣人に幼い娘を預けた。事故をきっかけに、扉の向こうの隣人たちの運命が交差していく──。連載「シネマ×SDGs」の21回目は、俳優、プロデューサー、映画館経営者でもある「3つの鍵」のナンニ・モレッティ監督に話を聞いた。

【映画「3つの鍵」の写真をもっと見る】

*  *  *

 原作はイスラエルの作家エシュコル・ネヴォの小説です。三つの独立した物語で脚本にするのは難しいと思いましたが、訴えかけるテーマに惹かれたんです。親であることの難しさ、正義や罪とは何か、自分がとった行動の結果をどう受け止めるべきか──などです。

photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 三つの家族は同じアパートに住みながら、お互いを知りません。我々も同じですよね。近年私たちは「共同体はもはや存在しないのでは?」とすら思わされていた。しかしコロナ禍でみな孤立して生きることがどれほどつらく難しいものかを身に染みて知りました。誰もがいま一丸となって、扉を開けて外に出ていかねば!という気持ちになっているでしょう。ラストのダンスシーンは小説にはない創作です。偶然にもパンデミックを経て、よりタイムリーなメッセージになったと感じています。

photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 劇中で私が演じる裁判官は、息子が起こした事故をきっかけに息子から離反されてしまいます。正義への強い信念が高じて人間らしさを失っているからです。彼だけでなく登場する男性たちはみな頑迷で、「自分が正しい」という考えに縛られて身動きがとれない。いっぽうで女性たちは柔軟に対立したものをつなぎ合わせようとします。性別や社会のせいにはしたくありません。個人としてどう行動し、決断するかが大切なのです。

photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
photo (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 私の両親はともに大学教授でリベラルでした。私が高校を卒業して「映画を作りたい」と言い出したとき、何も言わずに数年間、自由にさせてくれました。映画の学校に行ったわけではなく、はたから見れば時間の無駄にしか見えなかったでしょう。でもその間に私は数本の短編を撮り、自分の映像言語を探ることができました。その時間を与えてくれた父と母には感謝しかありません。(取材/文・中村千晶)

ナンニ・モレッティ(監督・出演)Nanni Moretti/1953年、イタリア生まれ。「息子の部屋」(2001年)でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。ほかに「ローマ法王の休日」(11年)。俳優、プロデューサー、映画館経営者でもある。全国順次公開中 (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte)
ナンニ・モレッティ(監督・出演)Nanni Moretti/1953年、イタリア生まれ。「息子の部屋」(2001年)でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。ほかに「ローマ法王の休日」(11年)。俳優、プロデューサー、映画館経営者でもある。全国順次公開中 (c)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte)

AERA 2022年9月26日号