AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。『人生百年の教養』は、ロシア文学者である亀山郁夫さんの著書。教養とは、自分と他者の関係性のなかで共有されるべき知の体系だ。読書、音楽、外国語、老い……ドストエフスキー研究の第一人者が多角的な見地から真の「教養」に迫っていく。自身の反省を振り返りつつ、最後は老いをどう乗り越えるのかについて考える。信頼できる友人に出会い、幅広い話題について語り合うためにも、教養は必要なのだ。亀山さんに同書にかける思いを聞いた。

亀山郁夫(かめやま・いくお)/1949年、栃木県生まれ。ロシア文学者、名古屋外国語大学学長。『新カラマーゾフの兄弟』『ドストエフスキー 黒い言葉』『謎とき「悪霊」』など著書多数。訳書にドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』など多数(撮影/写真映像部・加藤夏子)
亀山郁夫(かめやま・いくお)/1949年、栃木県生まれ。ロシア文学者、名古屋外国語大学学長。『新カラマーゾフの兄弟』『ドストエフスキー 黒い言葉』『謎とき「悪霊」』など著書多数。訳書にドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』など多数(撮影/写真映像部・加藤夏子)

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 新鮮な視点からドストエフスキーの読みかたを読者に提示し、新訳にも取り組んできた亀山郁夫さん(73)。人生百年時代と言われる今こそ、新しい形の教養が必要だと語る。

「『共通知』としての教養は死に、古い時代の教養の概念も死につつあるのが現実だと思います。価値の多様化と多極化が驚くべきスピードで進むなかで、ヒエラルキーを前提にして、教養を語ることはできないでしょう。忘れてはならないのは、教養とはあくまでも自分と他者の関係性のなかで共有されることで、初めて価値をもつ知の体系であるということです」

 本書で亀山さんは、自身の10代から現在に至るまでのさまざまな葛藤についても、あきらかにしている。

「教養にはいろいろなレベルがあります。まさに人生そのものと言えるでしょう。この本で自分自身の経験をやや自嘲的、露悪的に書いた意味は、僕の経験を通して見えてくる人間の本性や本質を一部でも読者が共有してくれたら、それ自体が教養の力になると思ったからです」

 自身のことを「決して優等生とは言えない中学・高校生活を歩んできた人間」と、亀山さんは振り返る。

「これまでの教養書では著者は自分を語り手という高みに置いて、自身を語ることは絶対にしませんでした。けれどこの本では生身の自分をさらそうと思ったんです。不器用かもしれないけれど、イデー(理念)を信じて、自分を高めようとしてきた実感の物語として綴れば、僕のことを隣人のように感じてもらえるのではないか、と」

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