姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

*  *  *

 戦後の日本を分断していた「目に見えない38度線」。それが安倍晋三元首相の国葬の是非で国論の分裂という形となって、より顕著になりつつあります。その真偽は係争中とはいえ、なぜ反共的な政治団体と一体と言われている、「カルト的」な嫌疑濃厚な宗教団体が、冷戦崩壊後も自民党最大派閥の領袖(りょうしゅう)と公然と結び付いたのでしょうか。

 そこには二つの要因があると思います。まず、政党の死活を決する選挙上の利害です。小選挙区制が中心になり、1、2万単位の票数がキャスティングボートを握ることで、旧統一教会系の信者は頼りになる「選挙マシーン」として重宝されたこと。度重なる総選挙に勝ち抜き、並行して重大な法案を強引に通してきた安倍政権の力の秘密は、まさに選挙に強いことでした。その重要な部分が特定の宗教団体の「選挙マシーン」抜きには語りえないとすれば、有権者はどう判断したらいいのでしょう。

 さらに、政党の掲げる価値観と旧統一教会のそれとが事実上重なり合い、理念的な利害関係が一致したことが挙げられます。冷戦が終わり、反共や勝共は時代遅れになり、代わって浮上したのは、家父長制とイデオロギー対峙(たいじ)の時代にはプライベートの領域に押し込められていた家族やジェンダーなどをめぐる価値の問題です。同性婚やLGBT、家族といった多様な関係が政治的な争点となるなか、保守的な最大派閥と旧統一教会が掲げる「価値観」とが収斂(しゅうれん)し、両者の相互依存を深めました。旧統一教会が、名称を「世界平和統一家庭連合」に変えたのも象徴的です。キーワードは言うまでもなく、「家庭」です。そして容疑者の「家庭」崩壊が原因で元首相が不幸にも凶弾に倒れたのであれば、何という歴史の巡り合わせでしょうか。

 今回の旧統一教会をめぐる問題を時間が経てば風化して忘れ去られると考えるのは間違いだと思います。なぜなら、今回の問題は戦後日本の政治の屋台骨が問われており、国民の間に燻(くすぶ)る不満や憤りは広がりを見せ、しかも根深いからです。いま、日本の政治は重大な岐路に立っているのです。それは一内閣の支持率云々を超えた戦後政治の根幹に関わる問題です。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年8月29日号

著者プロフィールを見る
姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

姜尚中の記事一覧はこちら