台北市にある日本台湾交流協会の事務所前には大型のメッセージボードが設置され、多くの人が安倍元首相への追悼の言葉を寄せた
台北市にある日本台湾交流協会の事務所前には大型のメッセージボードが設置され、多くの人が安倍元首相への追悼の言葉を寄せた

 2022年7月8日。安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。にわかには信じられない。そんな状況のなか、手製の銃、旧統一教会と自民党、国葬など、さまざまな情報が流れていく。私たちはこの事件をどう捉え、同種の事件を二度と起こさないためにどうすればいいのか。AERA 2022年8月1日号は、評論家・與那覇潤さんに聞いた。

【與那覇潤さんの写真はこちら】

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 事件をテロと呼ぶかという争点に関しては、明白にテロだと考えています。もっとも9.11以降は「テロ」の語が、無差別の大量殺戮(さつりく)を連想させるので、「テロル」という表記のほうがよいかもしれません。テロルと通常の殺人は何が違うか。狙った相手その人を殺す以上に、“その相手が象徴する何か”を破壊しようとする暴力がテロルです。

 首相経験者の殺害は戦前以来のことで、にわかに歴史を参照する風潮も生じましたが、ミスリードな議論が多いですね。従来の政治家へのテロルでは、「腐敗した国家体制」や「この国に有害な潮流」を象徴すると見なされた人が襲われました。戦後の例だと、選挙に向けた演説の最中に起きた点で今回と重なる1960年の浅沼稲次郎(社会党委員長)暗殺は、右翼団体に属したこともある少年が、浅沼を共産主義の脅威の象徴に見立てて刺殺した。平成の初頭、90年に本島等長崎市長を右翼が銃撃したのも、昭和天皇の戦争責任を指摘した本島の発言を「国家に仇(あだ)をなすもの」だと見なしたがためでした。

 もし容疑者が「この国の悪(あ)しき傾向を代表するのは安倍だから」といった動機を述べているなら、そうした古典的なテロルの再来と呼べるでしょう。しかしSNS等に見られる本人の政治思想は、むしろ安倍さんにかなり近いもので、なにより供述する動機がまったく異なっている。自分の家族を破壊したのは旧統一教会だ、そうした家庭崩壊の象徴が、政治家として同教会系の団体とも交流のあった安倍だから狙った、というのは、かなり特異なテロルですね。元首相の政治家を襲ったにもかかわらず、象徴を見いだす仕方がきわめてプライベートで、国や社会全体とつながってこない。

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