哲学者 内田樹
哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 安倍元首相暗殺事件は、日々新しい情報が開示されているので、この原稿が誌面に載る時にはどういうストーリーが世論を支配しているのか予測がつかない。今のところわかっているのは、容疑者の母が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者で、莫大(ばくだい)な献金が原因で一家が離散したことについて彼が教会に深い恨みを抱いていたこと。安倍元首相と旧統一教会の関係を知って殺意を抱いたこと。そこまでである。

「霊感商法」や合同結婚式のニュースを記憶している世代の人間にとって、旧統一教会が「カルト」であることは常識だった。だが、いつのまにか団体名も改称され、国会議員たちが続々と教会や関連団体のイベントに登壇し、広報誌に登場するという「汚名ロンダリング」が進んでいたようである。自民党や一部野党の国会議員たちが教会の「身元保証」をする見返りに選挙協力を受けていたという実情も明らかになった。

 しかし、大手メディアは議員たちと旧統一教会の癒着についてかたくなに沈黙を守っている。

 ネットで流れてくる(虚偽とりまぜての)「生の情報」と既成メディアの「横並び情報」の速度と質の差がここまで広がったことはかつてなかった。

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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