7月10日、近鉄大和西大寺駅前の安倍晋三元首相が撃たれた現場で手を合わせる人たち/撮影
7月10日、近鉄大和西大寺駅前の安倍晋三元首相が撃たれた現場で手を合わせる人たち/撮影 朝日新聞社

 安倍元首相の銃撃事件は「新たな事件」として捉えるべき――。血盟団事件、五・一五事件、二・二六事件との明らかな違いと、現場となった「大和西大寺駅」に見出した歴史の皮肉とは。放送大学教授で政治学者の原武史氏が語った。

【写真】高校時代の山上容疑者

■衝撃に絶句した

 安倍晋三元首相が銃撃されたニュースはネットで見ましたが、まず思ったのはフェイクだろうと。その後、事実だとわかって、正直絶句し、ツイッターでも丸一日、何も発信できませんでした。学者の中には、直後から発信している人もいましたが、私はとてもそんな気にはなれませんでした。

 生前の安倍元首相とは特に交流はありません。個人的に依頼されてある与党議員の家庭教師のようなことをやったり、野党の会合に呼ばれたり、野党候補の応援演説をしたりしたことはありますが、言うまでもなく首相は最高権力者です。政治学者は権力との距離をとることに自覚的でなければなりません。私は主に近現代の天皇制の研究をしていますが、天皇に会ったことがないのも同じ理由からです。

 事件を受け、旧統一教会に批判が集まっています。旧統一教会と安倍元首相がいかなる関係にあったのかは、田中富広・日本教会会長の会見(11日)でもきちんと明らかにされなかったと思います。しかし、「教会に対する恨みや、そこから安倍元首相の殺害にいたるということは、とても大きな距離があって、私たちもその理解に少し困惑をしている」という会長の発言は、そうかもしれないと思いました。逮捕された山上徹也容疑者(41)は、母親が入信して経済的に困窮したと供述していますが、このことと安倍元首相の殺害をストレートに結びつけるのはやや短絡的ではないでしょうか。現時点ではまだわかりませんが、もう少し複雑な動機があるのではないかという気がします。

■「血盟団事件」が浮かんだ

 今回の事件後にまっさきに思い浮かんだのは、ちょうど90年前の1932年に発生した「血盟団事件」です。リーダーは日蓮宗の僧侶だった井上日召。前大蔵大臣だった立憲民政党の井上準之助が、背後から拳銃で殺害されたのは、今回と同じ選挙期間中のことでした。井上準之助もまた、応援演説をするために東京・本郷の小学校に来たところを、小沼正という青年に暗殺されたのです。

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「新たな事件」としてみるべき理由