「ストリップ」(2013~16年)を見る鈴木京香さん。2メートル×10メートルの縞模様の前に立つと目まいに似た感覚を覚える人もいる/photo 山本倫子、hair & make up 板倉タクマ(ヌーデ)、styling 藤井享子(banana)、costume ヴィンス ヒロタカ SOURCE
「ストリップ」(2013~16年)を見る鈴木京香さん。2メートル×10メートルの縞模様の前に立つと目まいに似た感覚を覚える人もいる/photo 山本倫子、hair & make up 板倉タクマ(ヌーデ)、styling 藤井享子(banana)、costume ヴィンス ヒロタカ SOURCE

 ゲルハルト・リヒターは、現代アートに関心がある人なら誰もがその名を知る巨匠だ。90歳を迎えた今年、日本の美術館では16年ぶりの個展が開かれている。リヒターを敬愛し、展覧会の音声ガイドも担当した鈴木京香さんと会場を巡った。AERA 2022年7月18-25日合併号から。

【写真】リヒターの作品を鑑賞する鈴木京香さん(他5枚)

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「世界でもここまでたくさんのリヒターの作品を一度に見られる機会はそうそうありませんから。本当に幸せ」

 皇居そばの東京国立近代美術館の展示室で、「現代最高の画家」とも称される巨匠の約120点の作品と対峙した鈴木京香さんはそうつぶやいた。感嘆のため息や思わずほころぶ口元が、その言葉が本心から出ていることを証明している。音声ガイドの収録では、「皆さまにフラットな感覚で作品を見ていただけるように」と抑制的な語りで臨んでいた鈴木さんだったが、いざ実物を目にすると、感情の高ぶりは止められなかったようだ。

 雑誌や家族アルバムの写真を精巧に描き写したうえで画面をぬぐってわざとピンぼけしたようにする「フォト・ペインティング」から、色彩あふれる「アブストラクト・ペインティング」と呼ばれる抽象画、昨年描いたばかりの新作ドローイングまで、多彩な作品がショーケースのように並ぶ。鈴木さんは心の赴くままに展示室を見て回った。

頭蓋骨 1983年/死のはかなさの寓意を連想するかもしれないが、画家の狙いは? ゲルハルト・リヒター財団蔵
(c)Gerhard Richter 2022 (07062022)
頭蓋骨 1983年/死のはかなさの寓意を連想するかもしれないが、画家の狙いは? ゲルハルト・リヒター財団蔵 (c)Gerhard Richter 2022 (07062022)

 リヒターは、固定観念、記憶、歴史、意味づけをしたいという欲望などが複雑に絡み合う「見るという行為」の複雑さと向き合い続けてきた作家だ。写真や映像の存在感が高まってきた時代に、絵画に何ができるのかも問い直してきた。絵画、写真、ガラス、鏡など技法と扱う素材を次々と変えながら表現すること60年。切り詰められた造形とその裏にある哲学的な深みの落差が、多くの批評家をとりこにし、世界的な評価を得た。箱根のポーラ美術館が一昨年、香港のオークションで約30億円で落札するなどマーケットの注目も熱い。

 20代のドイツ旅行で「蝋燭(ろうそく)」という静物画を見て以来、リヒターにほれこみ、世界中の美術館で作品を見てきた鈴木さんは見巧者(みごうしゃ)だった。

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