AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

杉本博司(すぎもと・ひろし)/1948年、東京生まれ。立教大学経済学部卒業後に渡米し、写真を学ぶ。74年からニューヨーク在住。著書に『苔のむすまで』『現な像』『江之浦奇譚』など。受賞・受章歴多数。2017年、文化功労者。写真は「私の遺偈」という自作の書の前で(撮影/写真映像部・東川哲也)
杉本博司(すぎもと・ひろし)/1948年、東京生まれ。立教大学経済学部卒業後に渡米し、写真を学ぶ。74年からニューヨーク在住。著書に『苔のむすまで』『現な像』『江之浦奇譚』など。受賞・受章歴多数。2017年、文化功労者。写真は「私の遺偈」という自作の書の前で(撮影/写真映像部・東川哲也)

『杉本博司自伝 影老日記』は、杉本博司さんの著書。日本経済新聞の「私の履歴書」コーナーで連載された自伝に加筆し、来し方を振り返った一冊。この世界的なアーティストがどれほど幅広く質の高い仕事をしてきたのか、驚かされるはず。著者らしい苦いユーモアの利いた日本論、文明論ともなっている。今なお衰えを見せない好奇心と思索は刺激的の一言に尽きる。作品を含む写真も多数収録。杉本さんに同書にかける思いを聞いた。

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 世界中の美術館が「海景」「劇場」「建築」シリーズなどの代表作を収蔵する写真家。収集した古美術品と写真とを組み合わせ、新たなインスタレーションとして提示する美術家。新作能や文楽、パリ・オペラ座での新作舞踏劇などのプロデューサー、演出家。自らの作品や集めた美術品を収める広大な「江之浦測候所」などの建築設計を手がける建築家。昨年は大河ドラマ「青天を衝け」の題字を披露し、書家にまでなってしまった。いっそ「総合芸術家」とでも呼ぶべきか。そんな杉本博司さん(74)の自伝が本書である。

 2007年、本誌の人物ルポ「現代の肖像」に登場してもらうため、ニューヨークのアトリエに杉本さんを訪ねたことがある。当時の彼は日本の近現代史を考えるための資料収集に力を入れていた。写真家として既に高い地位を築いていたものの、この人の本質は決して満足することのない探究心にあるのだと思った。摩天楼を眺める屋上で9・11の記憶を語りながら、「現代美術は今、『美』とはなんの関係もない、最も利益の上がる投機商品になっている」とシニカルな口調で言っていたことを思い出す。そのことを持ち出すと、「その傾向はさらに強まっているけどね」と言った。

「僕を見いだしてくれたイリアナ・ソナベント(有名なギャラリスト)は、ジャスパー・ジョーンズが無名だった頃、星条旗の絵を250ドルで買ったと話していた。彼は自分が好きなものを作っていただけで、それで儲(もう)けようなんて思っていなかった。僕らの頃の美術家はみんなそう。今は『有名になりたい』『儲けたい』でやっているからね。現代美術が何か悪い遺伝子に乗っ取られたような気分ですよ」

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