政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史

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 岸田文雄首相の経済対策「新しい資本主義」は、「成長か分配か」ではなく、「エコノミー」から「ポリティカルエコノミー」へのシフトにあるとみるべきです。

 それを端的に示すのが、経済安全保障推進法による国家の管理や干渉、統制の拡大です。ポリティカルエコノミーが新しい資本主義のキモだという意味は、党や政府あるいはそれに連なるような機関が経済全般に統制的な権力を行使する、そうした社会編成へと変わっていくことにあります。

 もっとも統制は「ムチ」だけではなく、補助金や助成という形の「アメ」も用意されています。党や政府と「親和的」な企業や団体、組織がその恩恵にあずかれるわけで、そこには有形無形の「癒着」の構造ができてしまいかねません。

 自由主義的な資本主義の行き過ぎを、「公益」を盾に修正しようとする動きが戦前にもありました。いわゆる革新官僚を中心とする「公益資本主義」の追求です。それは現在、岸田政権で浮上している公益中心の新しい資本主義という表看板と相似形をなしています。革新官僚たちの「国家改造」を集約的に記述した笠信太郎の『日本経済の再編成』(1939年)は、それを「新しい経済体制」と呼びました。新しい資本主義と新しい経済体制は、国家を中心とする社会・経済体制の再編という点で重なり合っています。

 そうした国家を中心とするポリティカルエコノミーによる体制への移行を、経済人類学者のK・ポランニーは「大転換」と呼びました。冷戦崩壊から30年、グローバル化という名の新自由主義的な資本主義がパンデミックでその限界を露呈し、ロシアのウクライナ侵攻でその限界は決定的になりました。

 すべては市場に聞け、政治は介入するなというエコノミーの時代は終わり、ポリティカルエコノミーの時代へと移り変わろうとしています。問題の争点は成長か分配かではなく、ポリティカルエコノミーの「ポリティカル」の内実です。それは国家主義的な統制になるのか、自由民主主義的な統制になるのかによって大きく異なってくるはずです。岸田政権は残念ながら、前者に傾きつつあるようです。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年6月20日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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