社会人になってからの「学び直し」が、注目されている。実際に声優業をしながら2013年に46歳で東大文科一類に入学し、2020年に同大法学部を卒業した佐々木望(のぞむ)さんに、学ぶ意味について聞いた。AERA 2022年6月6日号の記事から紹介する。

記事前編<<40代で東大法学部に進学の声優・佐々木望 志望理由は「未知の世界」への探求心>>から続く

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──大人になってから学ぶことと、10代の頃に受験を経て学ぶことに違いはあるのだろうか。

佐々木:10代の頃って、「高校、受験、大学進学」のようなルートがある程度想定されていたりしますよね。期待された通りの道を歩める方も、独自の道を切り開く方もどちらもかっこいい人生だと思いますが、どちらにも属さない人、途中でつまずいたり迷ったりした人はどうなるんだろう、と思ったりもします。

 私は10代の頃迷いっぱなしで、学ぶことの大切さも、勉強に時間を使えるありがたさもわかりませんでした。仕事と勉強を続けられる幸せは大人になってから実感できました。

──学ぶ大切さを感じたのは、ある先輩の言葉がきっかけだった。

佐々木:実在する詩人の名前由来の役を演じたことがありました。私はその詩人のことを知らなかったのですが、共演した先輩が詩集を貸してくださって。私が演じた役とその詩人とは関係はなくて、名前が似ているだけなんですが。「教えていただいてありがとうございます」と本をお返ししたら、「知っているだけでいいんだよ」と先輩が言うんです。直接役作りに生かせなくても、目に見えないものが演技に入るということですよね。自分にとって大きな言葉でした。

「数学の微積を習って何になるんだ」と言う人がいます。でも、個々人が学んだことを将来使うかどうかは結果なので、先に判断できません。見えないところで恩恵を受けていたり、考え方の役に立ったり。それが大きくなると自分の道をも変えたりする。年齢を重ねるにつれて、そう感じることも増えました。

 学ぶことは選択肢を増やすことでもあります。自分の選択肢をたくさん持っていると、自由に考えられること、自由に動けることにつながります。

 勉強に限らず、好きだと思うものやワクワクするものを気軽にやってみるのはとても楽しいことです。違うと思ったり、飽きてしまったら気軽にやめてもいい。三日坊主になっても、それをしなかった三日に比べて、その三日は豊かな時間だったと思います。

 私は大人になってから大学に入って、仕事と直接には関連しない勉強を今も続けていますが、これをみなさんにお勧めしたいというわけではないんです。学ぶも学ばないも、使うも使わないも、選択肢はいつも自分自身が持っているという、自分はあくまで一つのサンプルだと思っているんです。

(構成/編集部・福井しほ)

AERA 2022年6月6日号より抜粋