サッカーには人生の要素が詰まっている。自分の生き方は、すべてこの競技から学んできた(撮影/今祥雄)
サッカーには人生の要素が詰まっている。自分の生き方は、すべてこの競技から学んできた(撮影/今祥雄)

 セルビアサッカー男子A代表アシスタントコーチ、喜熨斗勝史。サッカーの強豪国がひしめくヨーロッパ。そのワールドカップの最終予選でセルビアが劇的な逆転勝ちをおさめた。コーチを務めるのが喜熨斗勝史だ。ヨーロッパのチームで日本人コーチは異例中の異例。道のりも平坦ではなかった。一つのミスも許されない。勝てなかったらクビ。重いプレッシャーだが、指導者としての高みを目指して挑戦が続く。

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 ポルトガルの首都リスボンの浜辺に座った喜熨斗勝史(きのしかつひと)(57)は、奔流のような自身の人生をかみしめていた。ホテル群のまたたきが映る真夜中の海岸。数時間前の熱狂がいまだ余韻として身体の中に残っていた。

 この日、2021年11月14日の夜、リスボンでは、ポルトガル代表対セルビア代表のワールドカップ最終予選が行われ、アウェー戦に臨んだセルビアが劇的な逆転勝ちを収めていた。これにより、セルビアは、ワールドカップカタール大会への出場を決め、逆にポルトガルはプレーオフへと回らなければならなくなっていた。

 喜熨斗の肩書は、「セルビアサッカー男子A代表アシスタントコーチ」。この年の3月に就任して以来、セルビア代表をワールドカップへ導くために監督のドラガン・ストイコビッチ(57)を支え続け、この夜、ひとつのゴールを迎えていた。

 深夜の浜辺に座った喜熨斗は、日本に住む妻に電話を入れた。早朝から試合の生中継を見ていた妻の声はうわずり、互いに涙声になった。

 喜熨斗が振り返る。

「小学校に上がる前からサッカーを始めて、コーチになるという決断をして、妻をはじめいろんな人に助けられてここまできた。もう、コーチ業としてはマックスだなと思うと同時に、もっと上を目指せるとも感じていた。諦めずに一生懸命、ひとつひとつ積み重ねていくと、こういうことが起きるんだということを、このとき改めて実感していました」

 サッカー強豪国セルビア(旧ユーゴスラヴィア)で日本人が代表チームのコーチとして場を与えられることは、異例中の異例だ。極東からやってきたコーチに対して、名門アヤックス・アムステルダムでキャプテンを務めるドゥシャン・タディッチをはじめ、欧州リーグで活躍するセルビア人選手たちが当初、どんな思いを抱いていたかも容易に想像がつく。そんな中、喜熨斗は、限られた時間でスタッフや選手たちからの信頼を勝ち取り、チームになくてはならないコーチとして受け入れられたのだ。

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