作家で読書好きとして知られる又吉直樹さんの自宅には、椅子が10脚もある。椅子によって考え方も本の読み方も、変わってくるという。AERA 2022年5月2-9日合併号から。

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──お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さん。好きな本を尋ねると、『ストーリーのある50の名作椅子案内』と返ってきた。又吉さんは、初めて編集長を務めた雑誌「又吉直樹マガジン 椅子」(2017年)で椅子を多角的に考察するなど、無類の椅子好きとして知られる。椅子は読書の際にも欠かせないパートナー。椅子で本の読み方も変わってくるという。椅子に魅了されるようになったのはなぜか。

又吉:小中高とサッカー部だったんですが、練習は大変で、自由に水を飲ませてもらえないような指導がされていた時代だったこともあって、一日の中で数時間だけ、「自分の意思で座れない」時間があったんです。自由に座ることもできず、水も飲めない。そのことを恨んだわけではないのですが、いつからか水を飲む時に深い幸せを感じるようになったように、「椅子に座れること」が、他の人よりも少しうれしいのだと思います。

■想像力のきっかけ

又吉:僕だけなのかなと思ったのですが、サッカー部時代の同級生たちも、「職場でよく水を飲んでいるね」と指摘されることがあると言っていたので、自由に飲ませてもらえない時期があったから、「水を飲んだ時に特別な脳内物質かなにかが出ているのかな?」なんて思うことはあります。同じことが椅子に対しても言えるのだと思います。

——いま、自宅には10脚もの椅子があるという。又吉さんにとって、椅子を愛することの醍醐味とはなにか。

又吉:たくさんありますが、「人が座ることができる」というだけで役割を一つ果たせているのに、種類やカラーバリエーションが豊富なところがすごいな、と。人間の生活に密接しているうえに、さまざまな人にフィットするだけの種類があるんです。逆に、誰ともフィットしないような椅子もありますが、それはそれでカッコいいなと思います。

 さまざまなデザイナーが手掛けている、というのも面白いですよね。椅子にはそれだけの魅力があり、「自分ならこうするだろう」と考える対象なんでしょう。

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