三牧聖子(みまき・せいこ)/1981年生まれ。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。アメリカ政治・外交、国際関係論、平和研究が専門。著書に『戦争違法化運動の時代』など(写真:本人提供)
三牧聖子(みまき・せいこ)/1981年生まれ。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。アメリカ政治・外交、国際関係論、平和研究が専門。著書に『戦争違法化運動の時代』など(写真:本人提供)

 忙しい毎日のなかで、情報が流れていく。でも、時には時間をかけてじっくりと活字に向き合いたい。激動する世界情勢について学べる本を、同志社大学大学院准教授の三牧聖子さんが紹介する。「AERA 2022年5月2-9日合併号の記事から。

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 国連の常任理事国であるロシアによって、明らかに領土的野心に促された古典的なタイプの戦争が遂行されたことの衝撃は非常に大きなものがありました。衝撃の中、ロシアは危険なファシズム国家であるといった言説も広まりました。「ファシスト」と思ってしまう心情も理解できます。しかし、このようなレッテル貼りは、ロシアという国家、その独特の歴史や思考をそれ以上理解しようとする試みをストップさせてしまう効果も持ちます。そうした思考停止状態に警鐘を鳴らす本が『ファシズムとロシア』です。

 著者のマルレーヌ・ラリュエルはフランス出身の国際政治・政治思想の専門家で、歴史家でもあります。

 ロシアをファシズムとして「悪魔視」すれば、ロシア特有の拡張の論理が見えなくなってしまうと指摘します。

「ファシスト」と呼べないといっているからといって、著者はロシアを安全な国家だと言っているわけでは決してありません。ロシア特有の右派団体の傾向を明らかにするなど、ロシアを拡張主義的な政策に駆り立ててきた内在的な論理やメカニズムを丁寧に明らかにしています。

 著者は、ロシア側の「冷戦」の捉え方も明らかにしています。米国をはじめ西側諸国は冷戦の終焉を、ロシアに民主主義や資本主義といった西側の価値観を受け入れさせ、西側が「勝利」したと考えています。これに対してロシア側は、ロシアは西側に強制的に「変えられた」のではなく、ロシアが「自発的に変わった」のであり、冷戦の終焉を、「敗北」とは考えていませんし、ロシアが西側の価値観に染め上げられたわけでもないと考えています。本書の丹念な分析は、ロシアの行動の源泉を理解するのに最も適しています。

 朝日新聞記者の駒木明義らによる『プーチンの実像』も、批判や価値判断の前にまず、プーチンが何を考えているのか、その実像に可能な限り迫ろうとした渾身の著作です。

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