エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 元アナウンサーなのでよく「失敗しないコミュニケーション術を教えてください」と訊かれます。失敗しないコミュニケーションとはなんでしょう。ニュースキャスターのように滑らかに喋(しゃべ)れるようになること? ひな壇トークの真似事が上手になること? 私はどちらも違うと思います。

面倒くさいやりとりは人と関わる醍醐味。失敗を恐れずコミュニケーションしたい(photo gettyimages)
面倒くさいやりとりは人と関わる醍醐味。失敗を恐れずコミュニケーションしたい(photo gettyimages)

 そもそも、コミュニケーションの目的はなんでしょうか。誰からも嫌われないこと? 注目されること? ほめられること? 賢そうに見せること? 相手を思い通りに動かすこと? なるほど、どれも就活の面接や仕事のプレゼンでは役に立ちそうですね。でも、それだけが人との関わりではありません。

 私は、今でも人と関わることが苦手です。もっと人の気持ちをわかるようになりたいと悔いることばかりです。でも、みんな脳みそが違うからどうしたってわからないのです。それなりに考えて言った言葉に対して予期せぬ反応が返ってくることも珍しくありません。迂闊(うかつ)なミスもあります。相手の心のコンディションにもよります。人とのやりとりは、しょっちゅう失敗するものなのです。

 相手の反応が予測と違った時は、関係を変化させる好機でもあります。ずれの修正の過程で以前より親しくなることも。誤解を解くためには長い話し合いが必要になるでしょう。それにちゃんと取り組むのはなかなか胆力がいります。このめんどくさいやりとりこそが、人との関わりの醍醐味(だいごみ)です。摩擦を回避するために「失敗しない会話」をマスターしようとするのは、むしろコミュニケーションからの逃避でしょう。

 そつなく話す人が増えるよりも、めんどくさくても時間がかかっても、なんとかして伝えられないかと悩む人、つまり諦(あきら)めが悪く懲りない人が増える方が、世の中は寛容で豊かになるでしょう。失敗万歳です。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2022年4月11日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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