リーダー不在の世界を「Gゼロ」と名付けた米国の国際政治学者、イアン・ブレマー。彼はロシアのウクライナ侵攻が起きた今の世界をどう見ているのか。この時代をどう名付けるのか。AERA2022年3月28日号の記事を紹介する。

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 ロシアによるウクライナ侵攻は、私が唱えてきた、世界に強力なリーダーシップがない「Gゼロ」の世界で起きた最も大きな出来事です。ロシアのプーチン大統領は、G7国家で誰も警察国家とはならない「Gゼロ」の環境下で、4400万人の人が住む国家、ウクライナを攻撃しても、何の刑罰も受けないと知っていたためです。

 Gゼロの世界ですでに、こうしたことはいくらでも起きていました。2008年にロシアとジョージア(グルジア)間に起きた領土をめぐる戦争、14年のウクライナ騒乱、世界的にはベネズエラやミャンマー、シリアなどの内乱があり、かつての「ロシア国家」をウクライナに再建したとしても、世界が大きく動かないと、プーチンは確信していました。彼の誤算は今回、米国や欧州の西側国家が団結して立ち上がり、ウクライナ民衆が強靱な抵抗をみせたことです。

平和の配当金は消えた

 この戦争には、二つの面があります。ウクライナは、欧州の一部だとみられていて、西側からの支援を受けやすいです。イラクやアフガニスタンの難民が、ウクライナ難民のような受け入れや支援を受けましたか? また、ゼレンスキー・ウクライナ大統領は、ソーシャルメディアで540万ものフォロワー(ツイッター、3月15日現在)がおり、若くてカリスマ性がある。首都キエフにとどまって負傷兵にも会い、カナダや米国の議会でスピーチもして、世界的に共感を呼ぶ人物になっています。一方、プーチンは、年老いて、顔が腫れており、自分の部下とでさえ、何メートルも離れた机を隔てて会っています。

 でも、ロシアと中国の国内報道を見てごらんなさい。誰もが、プーチンの発言を追っているんです。ゼレンスキーがメディアや世界の注目を浴びている一方で、ロシアは、ウクライナの南・西部、そして首都の周りをほぼ攻撃で固めています。

 私は、ウクライナがロシアの侵略をかわすことができるという考えを誇張することはあえてしません。ロシアが勝つ唯一の方法は、キエフを破壊することかもしれません。そして、ロシアが16年、シリア最大の都市アレッポに行った空爆などを見ると、人道的に甚大な被害が生まれます。過去に起きたことを見ると、ウクライナが勝利するとみるのは、今のところ正確な読みではありません。

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