かわかみ・みえこ/1976年、大阪府生まれ。『乳と卵』で芥川賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。毎日出版文化賞を受賞した『夏物語』は世界40カ国以上で刊行が予定されている(photo 編集部・戸嶋日菜乃)
かわかみ・みえこ/1976年、大阪府生まれ。『乳と卵』で芥川賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。毎日出版文化賞を受賞した『夏物語』は世界40カ国以上で刊行が予定されている(photo 編集部・戸嶋日菜乃)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

【写真】川上未映子さんの著書『春のこわいもの』はこちら

『春のこわいもの』は、川上未映子さんの著書。2020年3月(と作中では明記はされていないが)の東京を舞台に、感染症大流行前夜を描く6篇を収録した短編集。ギャラ飲み志願の女性、ベッドで人生を回顧する老女、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友を秘かに裏切りつづけた女性作家……など、6人の男女が体験する甘美な地獄巡り。コロナ禍の息苦しさのみならず、<わたしたちはいつだって「災厄の前日」を生きている>という筆者の思想を色濃く反映した最新刊。川上さんに、同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

<きょうは明日の前日だから……だからこわくてしかたないんですわ>

 本書の最初に綴られているのは、大島弓子の漫画『バナナブレッドのプディング』の冒頭で主人公の衣良が言うセリフ。収録されているコロナ禍直前を舞台にした六つの物語にとても相応(ふさわ)しい。川上未映子さん(45)は東日本大震災の後に「三月の毛糸」という小説や「まえのひ」という詩を書いている。これらでもやはり地震の起きる直前に視線を注いでいた。

「それをまだみんなが知らなかった瞬間を書きたくなるんです。例えば行ってきますって家を出て行って帰れない人が必ずいるわけです。自分あるいは自分の大事な人にそういうことが起きるとは誰も思っていない。でも絶対に毎日どこかで起きている。いつか自分もそうなるかもしれないという恐怖ではなくて、絶対に誰も望まないことが起きてしまうっていうことへの驚嘆なんです。明日何が起きるかわからないからわくわくできる人もいると思う。でも、私はやっぱり逆のものを感じてしまうんです」

 本書に登場するのは、精神科病院に入院中の女性、ギャラ飲みの面接を受ける女性、ベッドで死期を待つ老女、SNSで作家を中傷し自殺に追い込んだ女性、夜の学校に忍び込む男子高校生、親友を裏切った女性作家……みな閉塞感を感じつつ、それぞれの現実を生きている。そこにコロナ禍がひたひたと迫ってくる。

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