近澤良(ちかざわ・りょう)/1985年生まれ、東京都出身。36歳(撮影/写真部・松永卓也)
近澤良(ちかざわ・りょう)/1985年生まれ、東京都出身。36歳(撮影/写真部・松永卓也)

 顧客が本当に困っていることの解決策がペインキラー、痛み止めだ。ビタミンは気休め。「顧客の頭に火がついていて、今すぐ消さないとヤバいような課題」がバーニングニーズだ。

「テストの自動化」はバーニングニーズだ。近澤はそう確信していたが、企業の反応はいま一つ。何が足りないのか。山下と共に顧客にインタビューした膨大なメモを丹念に読み返し、差し迫ったニーズを探した。

■バーニングニーズ発見

 やがて二つの要素が浮かび上がる。「テストのコードが書ける人材の不足」と「テストを作った後のメンテナンスにかかる手間」だった。この二つをAIで解決したらどうだろう。

 まだ思いついただけでプロダクトはできていない。近澤がコンセプトを表現した短いデモビデオを作って企業を回った。

「今度、こんなの作ろうと思ってるんですけど」

 近澤が概要を説明すると、相手の目の色が変わった。

「いつできるの? いくら?」

 特にテストの自動化が進んでいなかった日本企業の食いつきがよかった。まだ製品ができていない年末に、上場企業と急成長中のスタートアップ、中堅スタートアップの3社が「3月納品」の約束で契約してくれた。

「そうか、これがペインだったんだ」

 スタートアップが成功する条件の一つに「ピボット」がある。静止した状態から片方の足だけを動かして方向転換するバスケットボールの「ピボットターン」に由来する。自分たちの「やりたいこと」や「得意なこと」という軸足は動かさないが、状況に合わせてもう片方の足を動かし、体の向きを変えてパスコースを作る。

 ゴールに向かってドリブルすれば相手が立ちはだかる。そのまま進めばシュートチャンスを潰してしまうから、一度、足を止め、方向を変える。同じように、最初に始めた事業で、そのまま突き抜けられるスタートアップは稀(まれ)だ。壁に当たり「このままではダメ」と分かったとき、自分たちの良さを消さず、いかに方向転換できるか。それが未来を左右する。近澤と山下は鮮やかにピボットを決めた。

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