魂のこもった激しい言葉で選手の能力を引き出し、「日本語のマジシャン」とも言われる(撮影/大野洋介)
魂のこもった激しい言葉で選手の能力を引き出し、「日本語のマジシャン」とも言われる(撮影/大野洋介)

 バスケットボール男子日本代表ヘッドコーチ、トム・ホーバス。東京五輪でバスケ女子が銀メダルに輝いた。バスケで日本がメダルを取るのは初めて。率いたのが、トム・ホーバスだった。23歳のときに来日し、トヨタで仕事をしながら選手としてプレーをした。その後、女子バスケのコーチの声がかかった。通訳はつけずに、自分の言葉で語りかける。昨年から男子バスケ日本代表のヘッドコーチとなった。新しい旅が始まる。

【この記事の写真をもっと見る】

*  *  *

 スーツに身を包んだ長身のアメリカ人男性が、失望感が漂う観客席に流暢な日本語で叫んだ。

「スタートはよくなかったけど、みんな我慢してください」

 一呼吸を置き、さらに語気を強める。

「間違いなく上手くなります。23年のワールドカップでは、もっといいバスケをお見せします」

 2021年11月末、男子バスケットボールW杯アジア1次予選が仙台で行われ、日本代表はアジアの強豪・中国に63-79、73-106と大差で敗れた。コートサイドで日本を指揮していたのが、東京五輪で女子バスケ日本代表を銀メダルに導き、世界を驚かせたトム・ホーバス(55)。初陣を飾れなかった指揮官はファンに向かって詫びた。

 急ごしらえのチームだった。プロバスケットボールBリーグが開幕中でメンバーが揃わず、合宿期間も実質1週間しかなかった。ホーバスが指導する細かな戦術を理解するには、あまりにも時間が足りなかった。

 代表キャプテンで、日本人初の1億円プレーヤーでもある富樫勇樹(28=千葉ジェッツ)は、合宿期間中ホーバスの戦術の緻密さに驚いた。

「短期間にいくつもの戦術を覚えなければならなかった。こんな経験は初めて。選手全員がこんなに覚えるの!とびっくりしていました」

 だがホーバスは「まだちょっとだけ」で、女子の半分も教えていないという。中国戦の敗因は「うちのファイティングスピリットが足りなかった」。

 女子を銀メダルに導いた名将が、男子代表のHC(ヘッドコーチ=監督)に就任すると発表されたのは、五輪1カ月後の9月下旬。この発表に多くの人が驚いた。女子バスケの監督が、同じ国の男子にスライドするのは世界的にも稀。男子と女子では同じ競技とは言え、戦い方はまるで違う。この起用を決断した日本バスケットボール協会の技術委員長・東野智弥(51)は、男子代表の底上げができるのはホーバスしかいないと踏んだ。

次のページ