町田樹(撮影/伊ケ崎忍)
町田樹(撮影/伊ケ崎忍)

「作品は永遠の命を得るし、アーティストも作品によって育てられる。舞踊や音楽などの芸術はそういう形で育まれてきましたが、フィギュアスケートにはそれが決定的に欠けていた。ようやく一歩先に進み始めたところです」

 町田はフィギュアスケートのほか新体操、アーティスティックスイミングといった音楽を伴う表現で芸術性を競うスポーツを「アーティスティックスポーツ」と新たに定義した。これまではアートとスポーツの重複領域にあるがゆえに、スポーツ科学と芸術学のどちらの学問領域からも死角になってきたという。今後は研究の俎上に上り、より一層アーティスティックスポーツが学術界とつながることで、さらに豊かになっていくと期待できるという。

■課題を発見し自分事に

 研究者の道を歩き始めた町田は、これまで見過ごされてきた問題に光を当て、スポーツ界を変えようとしている。

「何かを変える上では課題を発見できるかが大事だと思います。そしてそれを自分事として捉えられるか。たとえ他者の問題であっても、共感して自分事にできるか。それが何かを変えるためのエネルギーになると考えています」

 ただ、「決して無から生み出すわけではない」と付け加える。

「研究の世界では、『巨人の肩に乗る』という言葉があります。私たちは、先人たちが積み重ねてきてくれた知見や発見の上に立っているからこそ、より遠くを見たり、新しいものを発見したりできる。先人たちの恩恵に感謝しつつ、そこに自分の知見を積み重ねることで新しい価値を創造しているのです」

 現在は自身の研究だけでなく、さまざまな研究とスポーツとの接点も探っている。スポーツ専門チャンネルJ SPORTSで町田が企画、構成、出演している番組「スポーツアカデミア」では、スポーツ科学の研究者らと対談を重ねている。

「例えばアーティスティックスポーツ界では、女性アスリートの摂食障害の問題があります。それは、栄養学の知識を使って栄養を取れば解決するという単純な問題ではありません。コーチの指導や体重が軽くないと勝ち残っていけない競技の構造も一緒に考えていかなければならない。領域を超えて学際的に多くの研究者と一緒に問題を探究することが非常に重要だと思っています」

(編集部・深澤友紀)

AERA 2022年1月3日-1月10日合併号