ママリングスの落合香代子代表理事(撮影/有馬知子)
ママリングスの落合香代子代表理事(撮影/有馬知子)

 虐待に至る前に手を差し伸べる「虐待予防」の取り組みが、一般住民の間で始まっている。彼らはなぜ、他人の家庭の虐待を「自分ごと」にできたのだろうか。AERA 2021年12月13日号から。

【写真】虐待予防研修の様子

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 東京都江東区で11月、地域住民が虐待の知識や、気になる親子への対応を学ぶ勉強会が開かれた。会を運営した子育て支援団体「ママリングス」の落合香代子代表理事が、こうした活動を始めたきっかけは、2008年1月のある出来事だった。

 落合さんは看護師だが、当時は退職し子育てに専念していた。昼間、長男をベビーカーに乗せて歩いていると、30代半ばの男性が怒鳴り声を上げ、袋のようなものを蹴っていた。「酔っ払いかな、嫌だな」と思ってよく見ると、「足元にうずくまっていたのは、3歳くらいの男の子だったんです」。

 父親とみられる男性は、実際には体ではなく道を蹴っているようではあった。しかし「子どもは激しく泣き、靴も脱げて飛んでいました」(落合さん)。

 あまりの驚きに一瞬、固まった落合さんだが、靴を拾って子どもに近寄り「脱げてるよ」と声を掛けた。男性は靴をひったくり、子どもに投げつけて「履け!」などとさらに怒鳴る。見かねた落合さんはつい「そんなに怒らなくてもいいんじゃないですか」と言ってしまった。

 すると男性は、おびえたような顔で「お前には関係ないだろ」と言い、子どもを連れ去った。視界から消えたその時、男の子の一段と大きな泣き声が聞こえてきた。

■社会を変えて助ける

 落合さんは、乳児連れだったこともあり親子をそのまま見送った。しかし後日、そんな自分を強く責めた。「なぜ引き返して、後を追わなかったのか」「男の子を連れ帰るべきだったんじゃないか──」

 児童相談所に通報したが、親子の名前も住所も分からず「どうしようもない」と言われた。落合さんは次第に、こう思うようになる。

「あの子は、もう捜し出せない。助けるには社会全体を変えるしかない」

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