『開かれたパンドラの箱
『開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線』30年にわたり老化研究の最前線に立つ筆者による「抗老化物質」の発見に至る物語。健康寿命を延ばすための最新の研究成果も紹介する(撮影/写真部・張溢文)

 老化を抑えて寿命を延ばす可能性がある物質「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」が世界的に注目されている。老化研究の世界的権威・米ワシントン大学教授の今井眞一郎さんの研究がきっかけとなり、その効果が明らかになったものだ。以前から今井さんの研究に注目していたのが、音楽家の渋谷慶一郎さんだ。音楽好きの今井さんもまた、渋谷さんが作る音楽に関心を寄せていた。世界で活躍する研究者と音楽家が初対面した。AERA 2021年12月6日号から。

【写真】対談した渋谷慶一郎さんと今井眞一郎さん

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今井:実は私、音楽が好きで、趣味でピアノも弾くんです。今日は渋谷さんにお会いするのがとても楽しみでした。渋谷さんは初音ミクやAI、アンドロイドのオペラを作られています。何がきっかけでそのような領域と音楽とを融合させたのか、ぜひお伺いしたかったんです。

渋谷:2012年に初音ミクのオペラ「THE END」を発表したのが最初ですね。30代の終わりごろで、世界で勝負できる作品を作りたいと思い、インパクトのあるテーマを考えていたんですが、ボーカロイドでオペラを作ったら面白いと思いつきました。アリアやレチタティーボなどオペラの形式は守るけれども、スクリーンしかない舞台で、歌はボーカロイド、音楽は電子音楽で。オーケストラも指揮者もいない。テクノロジーだけで人間不在のオペラは、日本人にしかできないものができるんじゃないかと思ったんです。「THE END」はパリでも公演し、大成功でした。

今井:今まで試みられていないものどうしを組み合わせてみたわけですよね。その部分は、かなりサイエンスにも通じるものがあります。

サイエンスにも興味

渋谷:はい。僕は元々サイエンスにも興味があって、池上高志さんや石黒浩さんら研究者の友達も多いんです。抗老化に効果があるというNMNは、1年ほど前に友人から聞きました。その時に今井先生の論文も読んで、興味を持ち始めたんです。先生は30年も前から老化について研究されていますね。

今井:1987年からですね。99~2000年に「サーチュイン」というまったく新しい酵素が、老化と寿命の制御に重要だということを発見しました。研究をさらに進めると、サーチュインの活性化に必須な物質が「NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)」と呼ばれる物質と分かったんです。

渋谷:そのNADが体内で減るから老化するんですよね?

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