車内での突然の暴力から身を守るためには、まず隙を作らないことが大前提だ。周囲を見渡して異常にいち早く気づく。大きな音や声が聞こえたらすぐに反応する。そのためには、自動車の運転時と同レベルの集中力を維持するのが望ましい。

服部容疑者は男性を刺した後、車内にライターオイルをまいて火を放ったとみられる。乗客16人がのどの痛みを訴えるなどして病院に運ばれた (c)朝日新聞社
服部容疑者は男性を刺した後、車内にライターオイルをまいて火を放ったとみられる。乗客16人がのどの痛みを訴えるなどして病院に運ばれた (c)朝日新聞社

 ただし、どれだけ気を配っていても、凶器を持った人物が近くにいるのはリスクでしかない。

■急所目がけて投げる

「もっとも適切な対応は、その場からすぐに離れること。武器を持って襲ってくる相手と一対一になるのは絶対的に不利です。いざという時に固まったり、声が出なくなったりするのを防ぐには、常日頃から『今ここで襲われそうになったらどうする?』と想像することが大事だと思います」(西尾さん)

 逃げる際は、相手に対して背中を向けるのではなく、半身の姿勢をキープすると状況が把握できる。また、万一逃げ切れない時にはどう行動するのか、イメージしておくといい。

 相手がナイフで刺してきた場合は、かばんやリュックを盾代わりにして胸や腹部を守り、空いている足で思いきり下半身を蹴り上げる。

 手元に傘があれば、閉じた状態で両端を持ち、傘の真ん中の部分でナイフを持った相手の手首を押さえる。そのまま少し角度を変えれば、傘の先端で喉や目を突くことも可能だ。

 鍵やスマホは、相手の目やあご、鼻などの急所を目がけて投げつけるのが有効という。

「攻撃は最大の防御といいますけど、『こいつを相手にするのは厄介だな』と思わせることが重要なんです。そして、少しでもひるんだら、その隙に素早く逃げてください」(同)

 電車に乗るのは大人ばかりではない。今回の事件を受けて、通学や習い事などで電車を利用する我が子の身を案じている親も多いだろう。

 子どもの安全研究活動に取り組む「ステップ総合研究所」(東京都)の清永奈穂所長は「大切なのは6メートル以上の距離を空けること」だと話す。

■6メートルでスイッチ

 清永さんらが06~07年に行った犯罪者の心理分析実験によると、犯人はおよそ20メートル離れた位置から対象の目星をつけはじめ、6メートルまで近づくと最後のスイッチが入り、一気に襲いかかるなどの行動に移るのだという。

「車内で『この人、何かおかしいぞ』と感じたら隣の車両へすぐに移動する。車両を変えられない場合は、相手から6メートル以上離れると覚えておいてください。距離の目安はドアとドアの間よりもう少し広いくらいですね」(清永さん)

 席に座る場合はドアの近くがいい。何かあってもすぐに降りられるからだ。(編集部・藤井直樹)

AERA 2021年11月15日号より抜粋