主人公の小森優真は空腹を抱えて町をさまよい、「理想の家族」が住む家に潜り込む。そこで小さなピンクのソックスを盗み出す……(撮影/写真部・東川哲也)
主人公の小森優真は空腹を抱えて町をさまよい、「理想の家族」が住む家に潜り込む。そこで小さなピンクのソックスを盗み出す……(撮影/写真部・東川哲也)

 桐野夏生さんが新作『砂に埋もれる犬』で親から虐待を受けた少年を描いた。なぜ、このテーマに挑んだのか。AERA 2021年11月8日号で10代の子どもたちの深い闇について語った。

【写真】新作について語る桐野夏生さん

*  *  *

 主人公の小森優真(ゆうま)は小学6年の少年だ。母親の亜紀が転がり込んだ男の家で、4歳の弟・篤人(あつと)とともに暮らす。食事を満足に与えられず、小学4年の途中から学校にも行っていない。ゴミだらけの部屋で弟と食べ物を奪い合う、荒廃した生活だ。空腹に耐えかね、コンビニ店長の目加田(めかた)浩一に賞味期限切れの弁当を分けてもらう場面から、桐野夏生さんの新作『砂に埋もれる犬』は始まる。

 桐野さんは、3年ほど前に女子高生が主人公の『路上のX』(朝日文庫)を書きあげたころから、「次は男の子を書きたい」と思っていたという。

「『路上のX』は、女の子が大人の男たちに性的にも経済的にも恋愛対象としても搾取される物語です。書き終えてから、これだけでは足りない、少年たちは何によって損なわれるのかを知りたい、と考えるようになりました」

 2014年に埼玉県川口市で17歳の少年が祖父母を殺害する事件が、15年には川崎市で中学1年の男子生徒が10代の少年たちに殺害される事件がそれぞれ起きた。こうした陰惨な出来事も「少年」という存在について考えを深める契機となったという。これらの事件を調べるなどして行きついたのが、虐待の連鎖だった。

■亜紀の物語でもある

 亜紀は、男を優先して子どもを虐げる母親に育てられ、同じことを優真と篤人に繰り返す。自分の恋人が優真を殴れば、男におもねり礼すら言う。

「優真の心を損なったのは、ネグレクト(育児放棄)、虐待という家庭環境ですが、亜紀も虐待による犠牲者の一人です。とすれば、これは優真・篤人の物語であると同時に、亜紀の物語でもあると考えたのです」

 優真は、ある事件をきっかけに不登校になる。だが、勉強は嫌いではなく理解力も高い。貧困と飢え、暴力のなかで必死に生き抜くため、大人の喜びそうな表情を作るといった処世術も身につけている。

 児童相談所(児相)に保護され、里親となった目加田の家から中学に通い始めたときも、最初は「良い息子」を演じた。しかし、次第に女性を性的に支配したいという欲望を募らせ、同級生の花梨(かりん)らに攻撃的な行動を取るようになる。

 桐野さんは「被害者であるはずの少年が加害に至るメカニズムを、自分なりに解き明かそうと試みました」と話す。

子育てを通じて、10代の子どもたちの、どす黒くてもやもやとした感情や、一歩間違えば死をも選びかねない危うさを感じていました。特に男の子の場合は性的な抑圧が爆発の引き金になるのでは、と想像したのです」

次のページ