写真を手にする松永拓也さん。「2人の命を無駄にせず、二度と交通事故が起きない社会を作りたい」と「あいの会」に参加し、交通事故撲滅活動を続けている(写真/横関一浩)
写真を手にする松永拓也さん。「2人の命を無駄にせず、二度と交通事故が起きない社会を作りたい」と「あいの会」に参加し、交通事故撲滅活動を続けている(写真/横関一浩)

 母子が亡くなった乗用車暴走事故で、受刑者はネット上で非難を浴びた。それは社会的制裁として考慮され、量刑軽減の理由の一つとなった。AERA 2021年11月8日号で取り上げた。

【写真】実刑判決を受けた後、タクシーで東京地裁を出る飯塚幸三受刑者

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「過度な社会的制裁」が量刑を軽減する理由の一つになった。

 東京・池袋で2019年4月、暴走した乗用車にはねられた母子が死亡し、9人が重軽傷を負った事故。自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三受刑者(90)に下されたのは、禁錮7年の求刑に対して禁錮5年の実刑判決だった。量刑が求刑を下回った一因として注目されたのが、SNS上での「制裁」だ。

 元官僚でエリートだった飯塚受刑者は逮捕されず任意捜査となったことから、「上級国民」と呼ばれた上に、

<この世から消えろ>
<家族も同罪で死刑>

 などと家族までネットリンチ(私刑)にさらされた。受刑者の自宅に脅迫状が届き、自宅周辺を街宣車が周回したほか、YouTubeでは受刑者を非難する動画が流されるなどした。

■量刑軽減に戸惑う遺族「悲しく思っています」

 判決では、一連の誹謗中傷や行動が社会的制裁として考慮された。9月2日、東京地裁での判決言い渡しで、下津健司裁判長は受刑者の無罪の主張を退ける一方、こう付け加えた。

「過度の社会的制裁が加えられている点は、本件に伴って被告人が受けた不利益として被告人に有利に考慮すべき事情の一つといえる」

 これに対し、妻の真菜さん(当時31)と長女の莉子(りこ)ちゃん(当時3)を亡くした松永拓也さん(35)は刑が確定した9月17日の会見で、

「過度な制裁によって減刑になったことは悲しく思っています」

 と述べた。

 社会的制裁とは非法的な制裁行為で、心理的、物理的な圧力を加えることをいう。これまでも司法の場で、社会的制裁が量刑に影響することはたびたびあった。

 例えば、一昨年秋に発覚した、神戸市内の小学校で複数の教諭が職場の後輩に「激辛カレー」を無理やり食べさせ、暴力や暴言を繰り返していた事件。昨年3月、強要や暴行の疑いで書類送検された男女4人の教諭は不起訴処分となったが、神戸地検は4人が懲戒処分など社会的制裁を受けていることなどを判断理由に挙げた。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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