金沢と東京を行き来して作品を撮る。いま自分がいる場所、時代を映すことが理想だ(撮影/倉田貴志)
金沢と東京を行き来して作品を撮る。いま自分がいる場所、時代を映すことが理想だ(撮影/倉田貴志)

 映画監督・脚本家、岨手由貴子。映画「あのこは貴族」は、見えにくい日本社会の階層や格差を描き、話題となった。TAMA映画賞も受賞した。この映画を監督したのが岨手由貴子。脚本制作では、富裕層の暮らしが分からず、200回以上、書き直した。子育てと仕事の両立を考えたとき、東京では暮らせないと、金沢に移住した。普通の暮らしの、普通の感覚が映画を撮る鍵になる。

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 9月の日曜日、石川県金沢市の空はどこまでも青かった。市内をとうとうと流れる犀川(さいがわ)の水は澄みきっていて、どんより雨続きだった東京とは打って変わった清涼な風が心地よい。

「遠いところまで、ありがとうございます」

 ベルを鳴らすと、岨手由貴子(そでゆきこ)(38)が出迎えてくれた。奥から夫・中島雄介(37)と子どもたちがニッコリと顔を出す。その光景はとてつもなく「ふつう」で、平和で、あたたかかった。

 岨手の存在を知ったのは2015年、長編デビュー作の「グッド・ストライプス」だ。倦怠期のカップルが妊娠を機に同棲を始め、結婚するまでのストーリー。育った環境も性格も違う男女の差異を自然な会話と所作で表現し「あるある」の共感でプッと笑わせる。その世界に魅了された。

 そして今年2月に公開された「あのこは貴族」。「あたしたちって、東京の養分だよね」とぼやく地方出身の苦労人女子・美紀と、東京・松濤生まれのお嬢様・華子。一見、交わることのないような2人の人生がつかの間交差し、それぞれに一歩を踏み出していく。見えにくいけれど、確かに存在する日本社会の階層や格差を透かしながら、現代を生きる女性たちをリアルな息づかいで描ききった。女性の生きにくさだけでなく、男性のつらさも内包した物語は男女問わず幅広い世代の共感を呼び、今年最初の賞レースとなる第13回TAMA映画賞で濱口竜介が監督した「ドライブ・マイ・カー」と並んで最優秀作品賞を受賞した。

 華子を演じた門脇麦(29)は岨手を「日常の些細なこと、人が見逃してしまいそうなキラキラッとした瞬間をキャッチすることに長(た)けていて、それをドラマチックに作品に盛り込む方」だと言う。

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