経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授

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 異変時には、言葉の世界にも異変が生じる。平時にはあまり耳にしない言葉が飛び交う。日本では、突如として「人流」という言葉が盛んに使われるようになった。グローバルな世の中ではこのところ、HGVという用語がメディアに頻出している。

 HGVは“Heavy Goods Vehicle”の頭文字である。重量積載物車両、要は大型トラックだ。運転手不足で、流通業者たちがHGVを手配できない。そのため、国々の港に到着したコンテナ船から荷下ろしができない。荷は下ろせても、流通の下流への配送ができない。港の倉庫が満杯になる。そのうち荷下ろしさえできなくなる。海上でコンテナ船の大渋滞が発生し、港の管理者たちが悲鳴を上げている。

 特に米国で事態が深刻だ。ついにはバイデン大統領が、大手物流業者たちに荷動きの加速を訴えた。このまま物流のふん詰まり状態が高じると、スーパーの棚から物資が消える。港にはモノがあふれている。だが、消費者の面前にはモノがない。

 この有り様の直接的な要因は、コロナの襲来だ。経済活動がいきなり事実上の停止状態に追い込まれた。工場が閉鎖され、物流が止まり、人々が失職した。HGVの運転手さんたちも、復職を諦めて商売替えした。

 ところが今、抑え込まれていた経済のビックリ箱が開いてしまった。そこから飛び出してきた潜在需要が、ここぞとばかり、崩れた供給体制に躍りかかっている。モノの生産も、ヒトの手配も、ついていけない。

 現象的にはこういうことだ。だが、問題はコロナばかりではない。というよりは、既に広がっていた問題がパンデミックによって露呈したと言うべきだ。

 分業があまりにもグローバル化し、在庫管理があまりにも効率一辺倒になり、労働コストの抑制があまりにも徹底してしまった。このようなノリシロ無き綱渡り経済は、異変発生を前に極めて脆弱(ぜいじゃく)だ。そのことが、HGV問題に集約的に表れている。

 綱渡り経済をどうすれば正常化できるか。大いなる課題だ。業者に協力を要請するだけでは済まない。さりとて、国家が物流管理に乗り出すわけにもいかない。さあ、どうするか。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年11月1日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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