Susanna Nicchiarelli/1975年、伊ローマ生まれ。2009年、長編映画監督デビュー。本作の脚本も手がけた(写真:ミモザフィルムズ)
Susanna Nicchiarelli/1975年、伊ローマ生まれ。2009年、長編映画監督デビュー。本作の脚本も手がけた(写真:ミモザフィルムズ)

『資本論』で知られるカール・マルクス。末娘の生き様を描いた映画「ミス・マルクス」。スザンナ・ニッキャレッリ監督が、現代人に通じる彼女の魅力を語った。AERA 2021年10月4日号に掲載された記事を紹介する。

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 スザンナ・ニッキャレッリ監督が、カール・マルクスの6人目の末娘、エリノアを知ったのは偶然だった。

「読んでいたドイツの女性哲学者の本に、たった1行でしたが、『ボヴァリー夫人』を翻訳したカールの娘が愛のために自殺した、と書いてあったのです。自殺!? ボヴァリー夫人のように?と驚きました」

 エリノアは1855年1月、英ロンドン生まれ。カールの陰に隠れてその功績はほとんど知られていないが、幼い頃から父とともに文学や政治に親しんだ。『資本論』の英語版の刊行を手掛けたのも、フローベールの『ボヴァリー夫人』やイプセンの戯曲『海の夫人』『民衆の敵』を最初に英訳したのも彼女だ。『人形の家』では主人公も演じ、文化人としても演劇人としても活躍した。

■献身して搾取され続け

 16歳から父の秘書役を果たし、父亡き後は政治活動に積極的に参加した。労働条件の改善のため、児童労働の禁止のため、男女平等教育実現のため、普通選挙を勝ち取るためと、生涯闘い続けた。

「資本主義的蓄積のシステムは、歴史的に証明されている。資本の蓄積が進めば進むほど国内は貧困を極めるのです」

 エリノアの情熱的なスピーチを聞いていると、映画が19世紀の話とは思えない。ニッキャレッリ監督も言う。

「彼女が闘った問題は、今も闘うべきこと。コロナ禍の今、労働問題は世界中で社会的な緊急事態です。富が集約することによって人々はどんどん貧しくなる。カール・マルクスが分析した当時と現在は何も変わっていません。労働問題は政治的な闘いだと思いますが、現代にも通じる問題として伝えたかった」

 知的で女性や労働者の権利を訴え続けたエリノアは、多くの功績を残す一方、私生活では愛する男性に献身し搾取され続けた女性でもあった。その男性とは、劇作家で社会主義者で既婚者のエドワード・エイヴリング。

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