主婦として長年蓄えてきた力が今、「スープ作家/有賀薫」として開花の時を迎えている(撮影/倉田貴志)
主婦として長年蓄えてきた力が今、「スープ作家/有賀薫」として開花の時を迎えている(撮影/倉田貴志)
この日は屋外でのスープ作りの撮影。ウェブ、雑誌やテレビなどの取材も増えてきた。以前は来る仕事のほとんどを受けていたが、中島やサカタのアドバイスもあり最近は仕事を吟味するようになった(撮影/倉田貴志)
この日は屋外でのスープ作りの撮影。ウェブ、雑誌やテレビなどの取材も増えてきた。以前は来る仕事のほとんどを受けていたが、中島やサカタのアドバイスもあり最近は仕事を吟味するようになった(撮影/倉田貴志)

 スープ作家、有賀薫。朝に弱く、朝食が食べられない息子のために作り始めたスープ。365日、毎日作り続けたスープをSNSでアップした。「スープ作家」の肩書で展覧会などを開くが、最初は名乗ることをためらった。けれども、多くの人が背中を押してくれた。50歳からのスタート。今でも簡単で美味しくて、誰かに見てもらいたくなるスープのレシピを、毎日考え続けている。

【写真】屋外でのスープ作り撮影の様子



*  *  *
 スープ作家・有賀薫(ありがかおる)(57)は自宅のリビングに設(しつら)えたアイランド型キッチン「ミングル」で、私の質問に答えながら手早くスープをこしらえていた。冷蔵庫から取り出したありあわせの野菜とソーセージ、トマトの缶詰。「ミングル」は有賀が開発したミニマムキッチンで、サイズは95×95センチ。上下水道、IHコンロ1口、食洗機がついている。現代的なリビングに設置しても違和感のないデザインである。IHコンロを使わないときはまな板を置いて作業台に、あるいは食事をするテーブルにも使える。30分ほどで、ル・クルーゼの鍋によい匂いのするスープができあがった。

 有賀のことはTwitterで知った。彼女が紹介する簡単でおいしいスープのレシピは私にとってありがたいものだったから、日々、大いに参考にしていた。そのうち有賀は著書を出し、ベストセラーとなり、人気スープ作家としての道を駆け上がっていった。家族のために毎日スープを作ってきた主婦が、いつの間にか「有賀薫」というブランドになったのである。スープのレシピを紹介できる料理研究家はたくさんいるが、「スープ作家」としての地位を確立したのは有賀だけである。私には、彼女に周到な戦略があったように思えた。だがそう言うと、彼女は笑って否定した。

「ただ、私って『背中押され力』だけはあったのかもしれません」

 有賀はサラリーマンの父と専業主婦の母のもと、3人きょうだいの長女として生まれた。父はおいしいものが好きで、雑誌や新聞の料理ページをスクラップし、高価な冷蔵庫や鍋を揃え、出汁に凝り、築地で食材を仕入れては料理を作ってくれる人だった。一方母はハイカラな料理を好んだ。チーズケーキを焼いたり、缶詰の蜜柑(みかん)をゼリー寄せにしたり、パンを焼いたり。ただ、有賀の目には作ることはそれほど好きなようには見えなかった。主婦の負荷が大きく、外で働きたくてもなかなかできなかった時代である。そのためか、母は有賀と妹には「手に職を持つように」と言い聞かせた。

次のページ