藤井は8月25日、徳島市で王位初防衛を達成。和服も自分で着られるようになり、王者の風格も出てきた(c)朝日新聞社
藤井は8月25日、徳島市で王位初防衛を達成。和服も自分で着られるようになり、王者の風格も出てきた(c)朝日新聞社
AERA 2021年9月6日号より
AERA 2021年9月6日号より

 藤井聡太王位が豊島将之竜王を下し、防衛に成功した。棋聖戦でも渡辺明名人を破って防衛している。このままの勢いで将棋界に「藤井時代」をもたらすのか。そのひとつのカギとなるのが、現在進行中の叡王戦五番勝負だ。AERA 2021年9月6日号で取り上げた。

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 現在の将棋界は渡辺、豊島、藤井、それに永瀬拓矢王座(28)を加えた「四強」の時代と言われている。それがこの先「藤井一強」の時代へと移行していくのかが、最大のテーマといってよさそうだ。

■容易には負けぬ豊島

「藤井がもうすでに、実質的にナンバーワンなのではないか」

 そうした声は早い段階から聞かれてきた。勝率や非公式に集計されるレーティングなど、いくつもの客観的なデータを素直に解析すれば、藤井がすでに実力棋界一であると説くこともできる。

「いやいや、いくらなんでも、『藤井最強』だとか『藤井時代』などと言うのは早すぎる」

 一方でそんな声も聞かれる。それも当然だ。将棋界の序列としては別格のタイトルを保持する渡辺名人、豊島竜王がトップ2として藤井の上に存在している。制度上、藤井はまだ名人戦に登場することはできない。しかし竜王挑戦への可能性はずっと開かれていて、藤井は前期まで挑戦者決定戦にも進めなかった。

「藤井はまだ豊島に負け越しているではないか」

 これも「藤井一強」説への反論の有力な論拠だ。藤井は20年まで、豊島に6連敗で圧倒されてきた。今年に入ってから一気に盛り返し、トータルでは藤井の7勝9敗。2番差にまで詰め寄ったとはいえ、依然、豊島には負け越している。

 王位戦第5局では中盤、豊島の側にめったにない大きなミスが出た。藤井はそれを見逃さずにとがめ、一気に優位に立った。どれほどの名棋士であっても、長く戦ううちに思わぬミスも出る。しかし将棋指しの真価が試されるのは、そうした逆境の場面だ。

 豊島は長考の末、銀を丸々1枚損する順を選んだ。直前に悪手を指したことを認める屈辱的な修正だ。しかし悪手の顔を立て、さらに悪手を重ねて一気に負ける順を選ばなかったところに、豊島の強さが示されている。王位戦の一局では実らなかったが、容易には負けぬ姿勢を示すことは、これから長く続いていく勝負に少なからぬ影響を及ぼすはずだ。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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