ピアノの音は時を経て深みを増し、成長していく。楽器の成長を見守ることも調律師の仕事だ(撮影/品田裕美)
ピアノの音は時を経て深みを増し、成長していく。楽器の成長を見守ることも調律師の仕事だ(撮影/品田裕美)
ピアノの弾き心地を整える作業。鍵盤の動きを確認し、奏者の好みに合わせる。ピアノは木材や羊毛など天然の素材が使われ、湿度や温度に敏感なので、当日の天候やホールの環境に応じて調整する(撮影/品田裕美)
ピアノの弾き心地を整える作業。鍵盤の動きを確認し、奏者の好みに合わせる。ピアノは木材や羊毛など天然の素材が使われ、湿度や温度に敏感なので、当日の天候やホールの環境に応じて調整する(撮影/品田裕美)

 ピアノ調律師、越智晃。2010年、ショパン国際ピアノコンクールで、越智晃はファツィオリの調律師を務めた。そのピアノを弾いた2人が入賞。新興のピアノメーカーであるファツィオリの新規参入は難しい中、ピアノにとっていい音を作りたいと心血を注いできた。ピアノをめぐる業界も、中国が勢いをのばしたり変わろうとしている。けれども、最高の音を作る越智の情熱は変わらない。

【写真】ピアノの弾き心地を整える作業

*  *  *

 静まり返るホールの舞台にたたずむ優美なコンサートグランドピアノ。鍵盤に向かう調律師の越智晃(おちあきら)(48)は一音ずつ弾きながら、音色の響きを丹念に聴いていく。チューニングハンマーで各鍵に対する弦の張力を加減し、音階をつくる作業だ。中央の1オクターブを完成すると、続いて高音から低音へ。やがて険しいまなざしがゆるみ、「僕、耳が動くんですよ」と越智はぽつりと言った。音に意識を集中していると、ぴくぴく動くらしい。

「楽器がストレスなく響いてくれるポイントを常に聴いています。それは調律師がコントロールするのではなく、楽器の方から『そう、そう』と心地良いところへ導いてくれるイメージというか」

 調律するのは「ファツィオリ」というイタリアのピアノ。今年6月、東京芸術劇場で読売日本交響楽団と共演するピアニストの反田恭平(26)が選んだのは世界最大の「F308」というモデルで、越智はリハーサル前の作業に余念がなかった。

 これまで様々なピアノを弾いてきた反田はファツィオリと出合い、独特な音色に引かれたという。
「にごりがなく、きれいで透明感のある音色が響きわたる。より多彩な曲の表現ができますね」

 シューベルト、ショパン、モーツァルト……この日はシューマンのピアノ協奏曲に挑み、力強くも流麗な演奏で聴衆を沸かす。今は自宅にもファツィオリを置く反田は越智に調律を託していた。

「音に対してとことん研究する方なので、こうしたいと注文するとすぐ対応してくださいます。僕の好みを把握して丁寧に仕上げてもらえるので信頼でき、楽器のポテンシャルを最大限に引き出してくれる。何でも入っているキャリーバッグを持ってくる越智さんは、ドラえもん的な存在ですね」

次のページ