江利川ちひろ/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ江利川ちひろ/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ
江利川さんの長女(15歳)の主治医で、かるがも藤沢クリニック院長の江田明日香さん/撮影江利川さんの長女(15歳)の主治医で、かるがも藤沢クリニック院長の江田明日香さん/撮影 写真部 加藤夏子
障害児保育や特別支援教育に詳しい鎌倉女子大学教授の小林保子さん/撮影 写真部・加藤夏子障害児保育や特別支援教育に詳しい鎌倉女子大学教授の小林保子さん/撮影 写真部・加藤夏子
 障害を持つ子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出会った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えるこの連載。今回は、今年9月18日に「医療的ケア児支援法」が施行されるのに合わせ、江利川さんが、医療的ケアが必要な長女(15歳)の主治医・江田明日香さん(かるがも藤沢クリニック院長)と、障害児保育や特別支援教育に詳しい鎌倉女子大学教授の小林保子さんと、当事者から見える医療的ケアや法律に期待することなどを語り合いました。2回に分けて掲載、こちらは後編です。

【写真】江田明日香さんと小林保子さん

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■知らないから怖い

江利川 長女は4~5年前から訪問看護を利用していますが、訪問看護ステーションで小児を診てくれるところはすごく少ない。しかも、どこかに一覧があるわけじゃなくて、自分で電話をして、家はどこどこにあるけど来てくれますか、などと問い合わせなければならなかった。いま利用している訪問看護ステーションは高齢者専門で、最初問い合わせたときは、「小児を受けたことがないから怖いんです」と言われました。その当時は大きな医療的ケアが必要なかったので、「まずは入浴介助をお願いしたい」というと、じゃあちょっとずつやっていきましょうか、と受け入れてもらえました。1回来ていただいたら、普段はご高齢の方ばかり相手にしている看護師さんたちが、小学生だった長女の介助を「かわいいかわいい」って言ってやってくださって。その事業所では長女を受け入れたことで、「これから小児の利用者も増やしていきたい」って言ってくれました。

江田 いま、キーワードが2つ出ましたね。最初は「怖い」んです。知らないから、怖い。でも、知ればできるって思うんです。

江利川 長女の特別支援学校での酸素療法導入もそうでした。

江田 だってお風呂ですよ。高齢者よりも子どものほうが体重も軽いじゃないですか。でも、それを経験したことがあるかないかでハードルの高さが変わる。そして、もう一つのキーワードが、「ちょっとずつ」。ハードルを大きくまたげと言っているわけではなくて、まずお風呂からやってみて、あら、できるじゃん、じゃあほかの小児に広げましょうと。そうしてその事業所が変わっていく。

江利川 去年の夏に長女が呼吸器を持って退院することが決まったとき、その事業所では高齢者も含めて1人も呼吸器を使っていなかったそうで、「呼吸器を使える人間がいないんです」って言われたけど、親の私も初めて触るわけで。そうしたら、退院し、呼吸器のメーカーさんが自宅に設定に来てくれるのに合わせて、担当する4人の看護師さん全員が来てくれました。説明を聞き、写真を撮って独自のマニュアルを作ってくれて。今では「病院での採血の結果もあったら見せてください」と言ってくれたりして、トータルに長女を診てくれるようになりました。

 
■保育園での受け入れが進まない理由

小林 「怖い」っていう言葉で思い出したんですけど、先日50数園で働く保育士さんを対象にアンケートしたところ、「医療的ケア」という言葉を聞いたことがある人は58%、意味も知っている人は37%、「インクルーシブ保育」という言葉の意味を知っている人は23%だったんです。さっき江利川さんが「鼻で笑われた」事例を紹介していましたが、そういう子どもたちは保育園や幼稚園での集団保育ではなく、療育センターの対象、あるいは専門機関の方が良いと思っている保育者が多いからだと思います。実際に保育園で受け入れることをどう思うかと聞いたら、「良いことではない」「おおむね良いことではない」という回答が合わせて60%ありました。

江利川 多様性に気付いていないということですね。

小林 わからないから想像もつかない。「さまざまなニーズのある子がいて当たり前なんだよ」と知ってもらうのが、大きな課題です。

■分け隔てのある教育の弊害

江田 やっぱり幼少期から様々な子どもたちの中で育つのが当たり前な教育環境が必要だと思うんですよね。もし、育ってきた中でクラスの中に1人でも車いすの子がいたら、全然違うと思います。いまも分け隔てのある教育がある。バリアがあった時代に育った多くの大人たちは、「インクルージョン? 何のこと?」とイメージが湧かないですよね。わからないものは怖いですし、責任を伴う職業に就いているからこそ、そう簡単にイエスとは言えないというのは自然な発想ですよね。

小林 一方で、すでに受け入れているところは、「普通のことですから」ってアンケートに書いていた。「だって子どもはみんな一緒だもの」「ごはんの代わりに経管栄養でしょ」って。知ることが大切なんですね。

■学校医の巡回診療が壁

江利川 医療的ケアのあるお子さんの親たちが、付き添いを求められる現状を変えるには、学校医が学校を訪れる「巡回診療」のあり方も考えなければならないと思うんです。長女が通う特別支援学校では、月に1度、2~3時間しかないので、3人しか診てもらえない。翌月や翌々月に回されてしまう子もいて、巡回診療の待機でなかなか付き添いが外れないお子さんもいる。長女の酸素導入の際、学校医は「僕はいつも診ているわけじゃないから、主治医の先生がいいって言えばいいんじゃないか」という立場でした。

江田 私も小学校や保育園の学校医や保育園医をしていますが、すごく立場が難しいんです。特別支援学校ならなおさら、個別性が高いので、そこに月に1度自分が行って何ができるかというと限界がある。だから、ゆうちゃんの学校医の「主治医がいいって言ったらいいよ」言ってくださった立場はすごく理解できます。

江利川 学校のシステムはまだまだアナログで、紙ベースの世界なのだと思います。私のときはたまたま江田先生が主治医として巡回診療に同席してくれて、「何かあれば私に連絡していただいて構いません」と言ってくださったので相談態勢ができ、学校側の不安もだいぶ解消されました。けれど、多くの医師はたくさんの患者さんを抱えていて、それぞれの患者さんの学校に行ってくれるわけではありません。例えばZoomなどオンラインで参加することもできるようにして、月に1度の巡回診療を待つだけでなく、ニーズがある場合にオンラインで診てもらえたらいい。システムが変わったら、少ないマンパワーで多くの人を支援することができるんじゃないかと考えています。

 
江田 
そもそも巡回診療医は、どのように関わっているのでしょうか。指示を出すわけではないですよね?

小林 指示を出すというより、最終チェックですよね。主治医と保護者からはこう要望や指示がきた、学校の対応はこうだ、というところの最後の確認。オンラインは、セキュリティーの問題はあるけど、システムができればできる。それに、1カ月に1度、3枠なんて少なすぎる。学校によっては月に1度、朝から1日中、学校医にいてもらい、10人程度診てもらうところもあります。学校医として巡回してくれる先生を探すのも大変だとよく聞きます。近くに大学病院があるようなところは先生も多く、継続的に来てもらうこともできるでしょうけど、地域差もある。医療的ケア児支援法は、地域格差の是正が柱の一つですが、現実的に医療格差はあるので、オンラインを活用するのは格差をなくすためにも良い方法かもしれないと思います。

■学校に丸投げしない

江利川 親側も気をつけなければならないと思っているのは、「学校に任せたのだから」といって、責任を押し付けること。私も導入に向けての交渉の際には、「これは娘のために私たちが決断したことなので、酸素を投与して何かあっても責任は問わない」と伝えていました。

小林 医療的ケアを行うにあたって、あれだけたくさんの書類を主治医や親や学校側それぞれが書くのは、責任の所在を明確にし、分散させることにもなっている。お互いに理解し、了承した上での契約に近い書類をかわす。あと、支援法ができて各都道府県に家族からの相談に応じるための支援センターを各都道府県に設置することも、今回の法律の目玉かと思うんですけど、保護者のカウンセリング、きょうだい児への支援など家族を核とした支援ができるのか、中身が気になります。

■医ケア児支援法への期待

江利川 介護保険法だと福祉と医療が一緒に使えます。でも、いまは小児の分野だと、医療法と福祉法の間に壁がある。例えば、江田先生のクリニックに、発達がゆっくりなお子さんや医療的ケアが必要なお子さんなどに対して必要な診療と家族支援を行う「おうち支援部」を作りましたが、ここで私がソーシャルワークをして個別支援計画を作成したとしても、診療報酬で点数は取れない。一つの場所で、多職種の専門家が障害のあるお子さんをみられると、保護者の負担も減るのになと思っています。医療的ケア児支援法が介護保険法の子ども版のように、福祉と医療を一緒に使えるようになればいいんですけどね。

江田 おうち支援部でやっていきたいことは、社会的ニーズがあると考えています。福祉関係の相談はクリニックの取り組みとして半ばボランティアで受けていきますが、願わくはいろいろな地域に広がってほしいシステムだと思っている。もし法律が各都道府県に設置する「医療的ケア児支援センター」を民間にも下ろしてもらえるのであれば、手を挙げて補助金をもらってやっていけるかもしれない。

江利川 一部の病院では、NICU(新生児集中治療室)を退院した後、親たちがつながり合っているところもありますが、多くは退院したら孤立してしまいます。そうした親たちの孤立をなくしたいと思ってNPOを立ち上げ、ソーシャルワーカーとして活動してきましたが、まだたくさんの壁があると感じています。医療的ケアが必要なお子さんやそのご家族への支援はもちろんですが、医療的ケアが必要ないために医療や療育などの専門家とつながれていない障害のあるお子さんとご家族のことも支援していけたらと思っています。

(構成/編集部・深澤友紀)

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江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ。

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