かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな循環の中心にいる人々に迫る短期集中連載。第1シリーズの初回は、スマートロックで注目の人物だ。AERA2021年8月16日-8月23日合併号の記事を3回に分けて紹介する。
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2021年2月、彼女は朝から沖縄の海をぼんやりと眺めていた。Airbnb(ネットで借りられる民泊施設)を転々としながら、海を眺める生活を始めて、2カ月がたっていた。
スマートロック(電子暗号鍵)を使ったシェアオフィスを展開するベンチャー企業tsumug(ツムグ)を創業した牧田恵里(38)。大学を卒業してから17年間、ずっとジェットコースターのような人生を歩んできた。こんなふうに何もせず、ぼんやり過ごすのは初めてだ。
時折、起業家の血が騒ぎ、新しいビジネスのアイデアが浮かぶと、居ても立ってもいられなくなる。バッグからスマホを取り出し、電話する。相手の小笠原治(50)はツムグの設立時に出資してくれた投資家で、会社の取締役でもある。牧田にとってはメンターのような存在だ。
「このプラン、絶対いけると思うんですよ」
牧田のマシンガントークを小笠原は黙って聞き流し、最後にこう返した。
「うん、分かった。もう少しそっちでゆっくりして、戻ってきてから考えようや」
(ああ、またやってしまった)
電話が切れると、牧田はがっくりうなだれた。
(こんなはずではない。私は一体何をやっているの)
■コロナで歯車が逆回転
6年前、33歳で起業家という生き方を選んだ牧田。自分は強い人間だと思っていた。会社を立ち上げる時には、頼もしい仲間が続々と集まった。ベンチャー投資家や金融機関も力強く背中を押してくれた。
開発したスマートロックは賃貸住宅大手に採用され、順調なスタートを切った。ベンチャーの成功事例としてオンラインメディアに記事が載り、起業家仲間の間でちょっとした顔になった。多くの人に応援される自分は、幸せ者だと思っていた。