岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科教授。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年から現職(撮影/楠本涼)
岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科教授。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年から現職(撮影/楠本涼)

 新型コロナウイルス感染者がかつてない勢いで増える中、東京オリンピック(五輪)が開催中だ。感染への影響や、パラリンピックを含めた今後の見通しを、神戸大学の岩田健太郎教授(感染治療学)が語った。

【図】五輪の経費は3兆円を超す?

*  *  *

■五輪は延期すべきだった

 私は大のスポーツ好きですが、感染症専門医として、開催の延期を主張していました。感染力の強いデルタ株が既存のウイルスにどんどん置き換わり始めていたことや、国民全体でみればワクチンの接種率がまだ低いことなどが理由です。

 延期すれば、その間にワクチン接種が進み、感染者も重症患者も減り、気候も涼しくなり、観客を入れて、といういい雰囲気で開催することができたはずです。
 
 しかし、五輪は強引に開催されました。しかも、東京を中心に新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増えているのに、五輪は続きました。

■治療が受けられず苦しんでいる人が「見えない」

――8月5日、東京都の新規感染者数は初めて5千人を上回り、5042人となった。入院先などが決まらず調整中の感染者は5日時点で1万543人に上る。

 調整中の多くは入院治療が必要な患者です。

 想像してください。地震で崩れたがれきの下に、治療が必要な人が1万人いる状況を。家屋などの崩壊は一見してわかりますし、うめき声や助けを求める声も聞こえるかもしれません。非常事態が可視化されれば、市民が一丸となってがれきの下にいる人を早く救出しようとするに違いありません。

 しかし、新型コロナウイルス感染症は違います。自宅で、呼吸が十分にできずに苦しんでいる人が大勢いるという非常事態を、可視化するのが困難なのです。家屋は崩壊せず、電気も水道も止まっていません。

 死亡者は8月5日現在、1万5233人です。東日本大震災の犠牲者約1万5900人に迫りつつあります。しかしその死亡者も、遺族や親しい人、医療従事者以外には見えません。
 
 もし、自然災害で被災者が1万人も出ていたら、五輪開催はできなかったでしょう。

 五輪開催によってどれだけ感染者が増えるのか。新規感染者数として本格的に影響が明らかになるのはこれからだと思われます。

 人流は期待されたほど減りませんでした。むしろ、日本の選手が大勢、金メダルをとり、祝杯ムードになって会食したり飲みに行ったりした人も多かったのではないでしょうか。

次のページ
「緊急事態宣言の延長」の効果は?