■受け継がれた求道精神

 記録にあまり興味がないのはなぜか。そんな問いに、藤井はこう答えた。

「結果ばかりを求めていると、逆にそれが出ないときにモチベーションを維持するのが難しくなってしまうのかな、というふうにも思っているので。結果よりも内容を重視して、やっぱり一局指すごとに改善していけるところというのが新たに見つかるものかな、と思うので。やっぱりそれをモチベーションにしてやっていきたいというふうに思っています」

 さらに続けてこう言った。

「これまで公式戦で200局以上あったかと思うんですけど、その中でも完璧に指せたな、という将棋は一局もないですし。自分が強くなることで、いままで見たことのないような局面にも出合えるかなというふうにも思っているので。強くなることでやっぱりそういった、いままでと違う景色を見ることができたらな、というふうには思っています」

 将棋史上最高の天才かもしれない藤井にして、この謙虚さがある。筆者は木村義雄十四世名人の言葉を思い出した。藤井の師弟関係を上にたどっていくと、4代前には木村の名がある。木村は著書『勝負の世界』にこんな言葉を残している。

「私はこれまで、おそらく1300番を越える公開対局をやっている。が、その中で『お前が後世に残して恥ずかしくないと思う棋譜は何局あるか?』と尋ねられると、私は残念ながら一局もないと断言せざるを得ない」

 木村の求道者精神は、時を経て藤井に受け継がれたと言ってよさそうだ。木村は戦前から戦後にかけて無敵を誇り「常勝将軍」と呼ばれた。玄孫弟子の藤井は間違いなく新時代の覇者となる。それは約束された未来であって、あとは時間の問題に過ぎない。ただしそれは、藤井にとっては興味のない話だろう。

 藤井はこのあと、王位戦七番勝負の防衛戦が続く。さらには叡王戦五番勝負での挑戦も控えている。王位戦第1局では苦手の豊島将之竜王・叡王(31)に完敗した。藤井はここからどう巻き返していくのか。豊島は高い壁であり続けるのか。そしてまた、新たな名局は生まれるのか。ファンの興味は尽きずに続いていく。(ライター・松本博文)

AERA 2021年7月19日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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