HAN−KUN:僕は、湘南乃風という船があるとして、加山さんが歌う「海 その愛」をテーマソングに、時代の大海原にメンバー4人が漕ぎ出すというイメージでした。例えば、原曲の歌詞にある“男ならば”という言葉に鼓舞されながら、自分たちが闘っていく様を描きました。

加山:ありがたいね。「海 その愛」というタイトルをつけてくれた作詞者の岩谷時子さんに感謝だ。初めて読んだ時も感心したけど、海から愛をいただかない限り、人間は生きることができない、という思いが伝わってくるよい詞だと思う。責任は重いけど、それに応えられるような曲を作って良かったよ。この曲は茅ケ崎にある加山雄三通りのテーマ曲みたいなものでね。

SHOCK EYE:その湘南の通りに住む人々の生活もあって。本当に皆さんにとって大切な楽曲だから、この曲のタイトルもそのままにしました。

加山:湘南の名前は大きいよ。“湘南”ってグループ名に入れたのは、大変だよ(笑)。

SHOCK EYE:そうなんです(笑)。当初はライトな気持ちでつけたんですが、活動を続けながら湘南という名前の重さを感じていて。特に今日は3倍、4倍くらい、グループ名の重みを感じています。

加山:「海 その愛」は、レコーディングの時、俺が育った湘南の海岸が目の前に浮かんできたんだよな。岩谷さんはすごい、とつくづく思う。

 でも、この曲を作曲した弾厚作(加山雄三)ときたら、加山雄三が歌うことをまるで考えてない。曲の音域が広すぎる。あれだけ広ければ、曲もよくなるよ。「おまえ、いい加減にしろよ」「こんな音域出ないよ」って、歌い手として文句ばかり言っていたんだ。でも、出すより仕方ないから出してみる。すると、出るんだよね。

 今にして思うと、実はそれが大切だったんだよな。10年先、20年先に自分がどんな声を出せるようになっていなくてはいけないか、弾厚作は考えていたのかもな。当時のちっぽけな音域のままだったら、今の声はなかったかもしれない。

■波の裏側を見ていた

――加山は今年4月、84歳の誕生日に未発表曲に今の歌声を加えたシングル「紅いバラの花」をリリースした。デビューから60年を経ても衰えない創作意欲の原動力はなんだろうか。

加山:一番は、音楽が好きという気持ちだよ。それはやっぱりうちの親父に感謝だね。子どもの頃からしょっちゅう音楽をかけてくれたから。

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