「パターソン」で永瀬さんが演じた日本の詩人も、あて書きだ。

「最初に直接メールもらって。最後のワンシーンしか出てこないし、撮影地のパターソンは遠いし、ネイティブな英語をしゃべれないのもわかっているし、でも、脚本書いているときから君のことを思って書いていた。だから、一緒にやってくれるとうれしい。申し訳ないけど、ちょっと脚本読んでもらえないか、って。何をおっしゃいますやら(笑)、喜んで行きますよって思うんだけど。でも、そこから彼の思いが伝わってくるんですね。うれしくて、脚本読む前に、やるって伝えました(笑)」

 ジャームッシュの映画には、よく明確な「物語」がないと言われる。多くの作品に共通するのは、何でもない日常と、そのなかに覗く小さなズレや、そこから生まれる可笑しみだ。

「『パターソン』なんて、ただの夫婦の1週間の話ですからね(笑)。普通はちょっと逃げちゃうと思うんですよ。何か大きな出来事を積み上げるとか、大どんでん返しをラストに3つぐらい持ってくるとか。そうではなく、何でもない日常を撮る、しかもそれをたくさんの方が愛する作品に仕上げるって、相当な力量がないとできないと思います」

 ジムと一緒にいると、感動することが、語り尽くせないほどある、と永瀬さんは続ける。「パターソン」に出演した際も、監督から撮影前に会いたいと言われ、早めに現場に行った。

「連絡はずっと取り合ってるんですけど、実際に会うのはとても久しぶりだったので。最初に会ったときは、役の話は30分くらいでした(笑)。お土産を紙袋二つぐらい用意してくれていて、映画のグッズだとか、彼は音楽もやるのでアナログ盤のアルバムだとか、いろんなものをいっぱいくれて。それも嬉しかったんですけど……、2人で一緒にパターソンの街を歩いたんですよ。そうしたら、楓だったと思うんですけど、僕たちの前に葉が一枚落ちて来たんですよね。それをジムが拾って、今年最初の落ち葉だ、2人の再会を祝ってくれてるよ、って言って、僕にくれたんです。それがいちばん嬉しかったかな(笑)。そういう人なんです。大事に持って帰りました」

「ミステリー・トレイン」がニューヨーク・フィルム・フェスティバルにかかったときにも、同様に、忘れられないエピソードがある。

「国際映画祭では、監督や僕らキャスト、スタッフの席が用意されているんですが、チケットを買えない人が並んでるって聞いたジムが、彼らに席を譲らないか、って言うんです。僕たちは階段でいいじゃない?って。だから、ジョー・ストラマーもジムも、みんなで階段に座って観たんですよ。そういうところが、もうね、たまらないんですよね」

 永瀬さんにとって、ジャームッシュ作品の最大の魅力は、どういうところにあるのだろう。

「一言ではなかなか言えませんけど……ちゃんと人に寄り添っているというか、すべてのキャラクターに愛情があるというか。これ見よがしの恩着せがましい愛情じゃなくて、ちゃんと、その人の目線に立った、さりげないやさしさ。それが、どの作品からもにじみ出ている。同時に、彼の感じる何か、引けない部分っていうのかな、それがメッセージとしてどの作品にも入っている。だから共感を呼ぶのかな?と」

 ジャームッシュ作品の良さは言語化しづらいと思っていたが、永瀬さんの話を聞いていると、人を大切にする監督の人柄がにじみ出ているからこそ、淡々と重ねられる日々から伝わるものがあるのかもしれないと感じる。

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