小坪漁港から披露山に至る山の中腹にある「Minamicho Terrace」。窓から小坪湾が一望できる。テラスは風を通すため、あえてガラス窓を付けていない。右が日高仁さん、左が直穂子さん(撮影/猪俣博史)
小坪漁港から披露山に至る山の中腹にある「Minamicho Terrace」。窓から小坪湾が一望できる。テラスは風を通すため、あえてガラス窓を付けていない。右が日高仁さん、左が直穂子さん(撮影/猪俣博史)

 以前から人気だった、神奈川県の鎌倉・逗子・葉山の「かまずよう」エリアが、今再び注目を集めている。超高層タワーのないこの地に移住し、「ワーク=ライフ」という新しい考え方を実践する人がいる。AERA 2021年7月12日号から。

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 古い漁村とマリーナの都会的な眺めが混在する逗子市小坪。ここで1級建築士事務所を主宰する建築家、関東学院大学准教授の日高仁さん(50)は、かつて首都圏郊外のスマートシティ開発に参加していた。エネルギー利用や地域のセキュリティーなどの先端技術を盛り込んだプロジェクトは刺激的だったが、その時に、大資本による開発の限界も痛感した。どんなに新しいコンセプトを謳(うた)っても、結局、まちの様態は「効率的な」超高層ビルに帰結してしまうからだ。

「それでは日本社会が直面する人口や経済の縮小に対応できない、という根本的な疑問を抱きました。むやみに新しいビルをつくらなくても、地域に残る建物を使って、昔ながらのコミュニティーを損なうことなく、次世代へつないでいくことはできるのではないか」

 その疑問に対する答えを見つけるべく、12年から自宅で週末だけのカフェ「Minamicho Terrace(みなみちょうテラス)」を妻の直穂子さん(50)と始めた。小坪は駅からは遠く離れ、家のある山の中腹は、車を乗り入れることもできない。地域のお年寄りや大学の教え子、よそから訪ねてくる人たちと、多様な人々を迎える週末カフェだが、「効率が悪くて、これだけでは食べていけないビジネスモデルの典型」と、日高さん自身が笑う。

 しかし、この不便さや路地の狭さを、日高さんは「安心して規定外のことができる貴重な場所」と読み解く。

 夫妻が大切にしているのは、採算性の一言では表せない別の価値観だ。複数の仕事を持つことによって得られる、さまざまな人間関係と情報の回路。海風が心地よく通り抜ける木造の家や、テラスの窓から鮮やかに見渡せる小坪湾の眺めも、大切な役割を果たす。そこに、自立と自律の思考が重なっていく。

■超高層タワーより低層の都市に余地がある

 会社単位でそんな価値観の転換を実践しているのが、鎌倉市に本社のある「面白法人カヤック」だ。1998年に鎌倉が好きな学生時代の仲間3人が集まり、コンテンツ制作を中心に創業。14年には鎌倉市で初めて東証マザーズへの上場も果たしている。

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