エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
大学の偏差値の高さが世間一般にブランド力を発揮する一方で、そこからなかなか自由になれないジレンマもある (c)朝日新聞社
大学の偏差値の高さが世間一般にブランド力を発揮する一方で、そこからなかなか自由になれないジレンマもある (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 解剖学者の養老孟司さんは、「日本では、一生大学を卒業できないんだよ」とおっしゃいました。何歳になっても経歴に「〇〇大学卒」って書くでしょ、それで判断される。この年になっても(当時先生は70代)まだ、経歴に「東京大学卒」って書かれるんだから。つまり、本当の意味で卒業して離れることができない。一生大学がついてくる社会なんだよと。それは馬鹿げている、という意味でおっしゃった皮肉でした。

 中学から大学まで私立一貫校に通った私は、大学受験をしていません。実はいまだに入試の仕組みも、大学のランクもよくわかりません。だからテレビ番組で出演者が「東大卒!!」などと騒がれているのを見ても、どれぐらい難しい試験を勝ち抜いた人たちなのか、実感としてはわからないのです。以前、番組で一緒になった東大卒のタレントさんに「東大の試験て、何科目あるんですか」と尋ねたら、珍獣を見るような目で「7科目です」と答えました。算数と国語の2教科で中学受験した私は「あら、そんなにたくさん! 全部でいい成績を取らなくてはならないなんて、大変ですね」と心からの敬意を込めて言ったのですが、先方はドン引きしていました。

 実は私は、東大に落ちたことがありません。そもそも受験していないからです。レースに参加していないので嫉妬や屈辱感を覚えることがなく、不毛な学歴マウンティングから自由でいられます。

 ああ、こういう間抜けに育つから中途半端な一貫校はダメだ、と思ったかもしれないですね。でも、一生大学を卒業できない苦しみから自由でいられるという点では、強力なブランドを背負わないのはなかなかいいかもしれないと思います。頑張った人ほど、本当に卒業するのが難しい。離れたいのに、誇りたい。学ぶべきことは、その葛藤の中にあるのかもしれませんね。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2021年7月12日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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