「割合早くに可能性がなくなってしまうのも寂しい。でも藤井さんがA級に上がり、そこで勝ち進む状況になると、複雑な心境になるだろうな、とは思いますね。そうは言っても今期も大変ですし。A級に上がったとしても、当然メンバーは手厚い。藤井さんといえど、そう簡単ではないと思います」

■過密日程の先に栄冠

 谷川や羽生善治九段(50)らタイトル戦に多く登場する超一流棋士たちにとって、ハードスケジュールは宿命。今回の藤井も同様だ。

「藤井さんはダブルタイトル戦で、去年も同じような感じです。私の頃も当然過密スケジュールはありました。今から30年前の1991年、29歳のときに2カ月で25局指したこともあります。ただ現在は対局前の準備が非常に大事になってきました。30年前はまだコンピューターのデータベースもなく、棋譜は紙に書かれたもの。過密日程の中、対局前の準備はおおまかに作戦を決めるぐらいでした。序盤戦は五分に進め、戦いになればなんとかなると思っていました」

「光速流」と呼ばれる谷川の終盤力は古今屈指だ。四冠時代の谷川は羽生らの強敵を相手にすさまじい切れ味を見せた。

「当時、自分が一番将棋に打ち込んでいるという自負はありました。戦いを五分で迎えられれば、終盤戦も自信がありました。しかし現在のトップクラスは、戦型によっては戦いが進んだかなり先のところまで準備しなければいけない」

 王位戦のような2日制のタイトル戦も様相は変わった。

「昔はとてもゆるやかでした。1日目の朝にちょっと疲れていても、対局しながら休養を取り、2日目は元気いっぱい、ということもありました(笑)。いまは1日目から神経をすり減らすような戦いになります」

 コンピューター将棋ソフト(AI)の登場などにより、将棋界も大きく様変わりした。過去と現在、どちらのほうが大変か。

「一般的に対局の持ち時間は30年前よりも短くなっています。一方で前日、前々日、準備に必要な時間は圧倒的に増えた。いまの研究は始めてしまうとキリがなく、どこでやめればいいのかが難しい。昔であれば、対戦相手の棋譜を調べればそれで一区切りでした。いまはAIにかければ、いくらでも課題が増えてきます。昔といま、どっちが大変なのかは、よくわかりません(笑)」

(ライター・松本博文)

AERA 2021年7月5日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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