名古屋大学大学院の地質・地球生物学講座教授の竹内誠(59)は、かつての同僚を思い出し、相好を崩した。

■柔道を覚えいじめを克服 奨学金で人生を切り拓く

 イングランド南西部サマセット州フルームで育った。父は高校卒業後に兵役を経て、家系で初めて大学に進んだ努力家で、語学の才能を生かして高校の外国語(フランス語とドイツ語)教師になった。母方の曽祖母は教育熱心で家族から学者を出すのが夢だったといい、3世代後に思いが結実した。ウォリスだけでなく弟やいとこたちの大勢が、大学教授や研究者になったのだ。

 野鳥好きだった父は、多忙の間を縫っては子どもたちを連れて森を訪れた。夏休みには母方の家族が持つ海辺の別荘で過ごし、鮮やかな色彩の野鳥を追いかけた。オレンジ色の胸にトルコ石のような水色の羽根をまとったカワセミに、緑と赤のコントラストが美しいグリーンウッドペッカー。中でもウォリスは、鳶(とび)の赤い尾が陽の光を浴びて金色に輝く姿に心を奪われた。10歳になるかならないかの頃だ。同時期に祖母から折り紙の教本をプレゼントされ、一生続く趣味になった。

 楽しいだけの時間は続かない。最初の試練は、小学校の最終学年に行われる全国一斉選抜試験が廃止されたことで訪れた。受験年齢から通称イレブンプラス(11+)と呼ばれるこの試験は、大学進学に重きを置いた無料の公立中高一貫校(グラマースクール)への関門だった。その後の人生に大きく関わる試験をわずか11歳に課すことには常に批判があり、結果的にグラマースクールは成績の優劣を含めて多様な生徒が通う「総合制学校」に姿を変えた。成績優秀だったウォリスはここで不良グループに目をつけられて理不尽ないじめを受けた。つらい時期を救ったのは柔道だった。

「強くなるためにレスリングを始めようかと考えていたころ、柔道の町道場ができたのを母が見つけてきて勧めてくれました。でも2回目までは、受け身が取れずに腕を巻き込んだり頭を打ちつけたりで、痛すぎてとても続けられないと思った」

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