地質学者、柔道家 サイモン・ウォリス/外国人に日本を紹介するとき「They」も「We」も使いにくい。その感覚を可能な限り説明する(撮影/遠崎智宏)
地質学者、柔道家 サイモン・ウォリス/外国人に日本を紹介するとき「They」も「We」も使いにくい。その感覚を可能な限り説明する(撮影/遠崎智宏)
三波川調査の前日に訪れた埼玉・奥秩父の長瀞で通称「虎岩」を覗き込む。昨年からはNHKの海外向け番組に日本の地質の魅力を紹介するナビゲーター「大地の探偵」として出演している(撮影/遠崎智宏)
三波川調査の前日に訪れた埼玉・奥秩父の長瀞で通称「虎岩」を覗き込む。昨年からはNHKの海外向け番組に日本の地質の魅力を紹介するナビゲーター「大地の探偵」として出演している(撮影/遠崎智宏)

 地質学者、柔道家サイモン・ウォリス。少年時代の夏休みを英国の美しい森で過ごしたサイモン・ウォリスは、柔道を通して日本に親しみを持った。地質研究をきっかけに来日し、強固な意志で日本語を習得。偶然を愉しむ柔軟さで異質な金融の世界に飛び込み運命の人に出会った。しかし、「石」への思いは忘れがたく研究の世界に舞い戻る。地球の成り立ちと今後について、興味は尽きない。

【写真】埼玉・奥秩父の長瀞で通称「虎岩」を覗き込むサイモンさん

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 群馬県藤岡市の山間を流れる清流、三波(さんば)川。ヤマメを狙って静かに糸を垂らす釣り人を横目に、バックパックに特製のハンマーを差した男たちが注意深く岩場を歩いていく。目線は魚ではなく、常に石の方だ。各々がお目当ての石を見つけると、渓谷に小気味いい槌(つち)音が響く。

「いい蛇紋(じゃもん)岩だね」

 サンプルの目利きを頼まれたサイモン・リチャード・ウォリス(59)が頷きながらルーペで覗き込み、その場で簡単な講義が始まると、地質学者の卵たちの目に輝きが宿る。ここは関東から中部地方、紀伊半島、四国を経て九州の佐賀関に及ぶ日本最大の広域変成帯「三波川変成帯」の起点であり、地質研究の聖地だ。巨大なプレート同士がぶつかり合い、一方が沈み込んでもう片方が隆起し、変形する。1億年以上の時間をかけて地中深くから地表へと顔を覗かせた貴重な岩石には、その年月が蓄えた情報が詰まっている。

 野外調査で学生や若手研究者を率いるウォリスは東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授であり、日本地球惑星科学連合で副会長を務める斯界(しかい)の重鎮だ。アルプスやチベット、南米の山々など野外調査の現場は地球規模に及ぶ。しかし、無駄のない足取りで山野を駆ける佇(たたず)まいは、権威とは無縁の冒険家のそれだ。

「簡単に言えばプレートの沈み込んだ深いところで何が起きているのかについて、岩石、構造地質学の観点から世界的な業績を上げている研究者です。だけど本人は『ウォリス』と呼ばれるのは好まなくて、学生も『サイモン先生』と呼びますね。そういえば『西門』という三文判を作ってきて、ペタペタ押して喜んでたな」

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