30回以上SNSでやり取りして慈恵病院で出産するよう説得し、いちごちゃんの住む場所まで相談員が迎えに行った。だが待ち合わせたJRの駅にいちごちゃんは現れず、相談員は本市に引き揚げた。そして6日後、いちごちゃんは新幹線に乗って一人で熊本までやってきた。

「孤立出産を回避するためにこのような選択をしたものの、ほんとうに内密出産になってしまったら大変なことになるという思いはありました」

 こう振り返ったのは慈恵病院院長で産婦人科医の蓮田健さんだ。

 内密出産とは、妊婦が特定の関係者のみに身元を明かして出産し、赤ちゃんの出生届は母親の欄を空欄にして提出する。赤ちゃんが将来、実親を知りたいと希望すれば身元情報の開示を受けることができるというものだ。同院はゆりかごから一歩踏み込んで、17年12月、内密出産に取り組む意思を表明したが、合法性が担保できないとして、熊本市は慈恵病院に不許可を通達している。

■出生届で母親の身元は空欄 医師の違法性が最大の壁

「彼女は最初、継父に赤ちゃんのことがばれたら面倒臭いと言いました。日本初の内密出産になるかもしれないケースの背景が面倒臭いといういい加減なものであれば、これを社会に公表したときに批判され、内密出産の推進が頓挫してしまうと危惧しました」

 未成年を対象として想定していなかったことも蓮田さんを焦らせた。

 いちごちゃんは、熊本駅で出迎えた相談員が車で病院まで連れ帰った。怯えながら恐怖を隠そうと毛を逆立てる仔のようだった。

 院内のキッチン付き居室で過ごすうちに、相談員に心を開き始めた。若くしてシングルで自分を産んだ母のうつ、児童相談所の一時保護所で保護された経験など、厳しい生い立ちを話した。いちごちゃんは、赤ちゃんを育てたい、でも、自分も虐待してしまうのではないかと不安を打ち明けた。

 直前まで住んでいた自立援助ホームの管理者には蓮田さんが電話した。「そんな勇気のある子だったなんて」と管理者は驚き、気づいてやれなかったことを悔やんだ。

 病院職員が生活の世話をし、日々声かけを続けるうちに、いちごちゃんの表情は穏やかになり、ときにはあどけない表情で相談員に体をくっつける甘えた仕草も見せるようになっていた。

 4月末、いちごちゃんは無事に出産し、自分で育てる気持ちを固めた。実母と継父が赤ちゃんを奪い虐待する危険性があるため、実母に連絡はしていない。出産にあたって必要な保証人の欄は空欄のままとした。

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