母子2人が亡くなった事故現場付近の実況見分に立ち会う飯塚幸三・元院長(中央)/2019年6月13日(c)朝日新聞社
母子2人が亡くなった事故現場付近の実況見分に立ち会う飯塚幸三・元院長(中央)/2019年6月13日(c)朝日新聞社
NPO法人「ワールド・オープン・ハート」が相談を受けた920人の「事件・事故後の生活の変化」を分析。AERA 2020年12月7日号より
NPO法人「ワールド・オープン・ハート」が相談を受けた920人の「事件・事故後の生活の変化」を分析。AERA 2020年12月7日号より

 午後1時30分。東京地裁104号法廷。上下黒のスーツ姿で、ネクタイを締め、白髪交じり。マスクをしているのでその表情までは読めない。

【写真】松永さんが家族3人で暮らしていた部屋

 東京・池袋で2019年4月、乗用車を暴走させ母子を死亡させたなどとして、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われ出廷した飯塚幸三被告(90)が弁護人に車いすを押され、軽く一礼しながら入廷した。

 11人が死傷した痛ましい事故から2年。この事故で、妻・真菜(まな)さん(当時31)と娘・莉子(りこ)ちゃん(当時3)を失った松永拓也さん(34)が、刑事裁判での被害者参加制度を使い、法廷で被告に直接問いかける被告人質問が行われた。

 松永拓也さんは紺色のスーツにネクタイ姿。目を閉じ、ネクタイの上から胸に手を当てている。

 被告は車いすのまま証言台に進んだ。松永さんは被告を見据え、こう言った。

「亡くなった妻と娘の名前を言えますか」

 被告「はい。真菜さんと莉子さんです」

 松永さん「あなたはこれまでの裁判の中で、一度も2人の名前を言ってくれませんでした。理由は何ですか」

 被告「今までそういう機会がなかったと思います」

 続けて松永さんは、亡くなった2人の写真を見たことがあるかと聞くと、被告は、

「かわいい方をなくしてしまって、本当に申し訳なく思っています」

 と、表情一つ変えずに他人事のように淡々と答えた。

 その後、松永さんは、今回の事故が起きた原因について被告の考えを問うた。しかし被告は、ブレーキを踏んだことは間違いないと答えるなどと、これまで同様、あくでも悪いのは車だという主張を繰り返した。

 後半、松永さんは心情を吐露する。

 松永さん「私はあなたに刑務所に入ってほしい。覚悟はありますか」

 被告「はい。あります」

 松永さん「(刑務所に入ってほしいと考えている)その理由は何だと思いますか」

 被告「最愛の2人を亡くされた苦しみと悲しみで、そう思うのではないかと思っています」

 松永さん「有罪になったら控訴しますか」

 被告「わかりません。ただ、なるべくしないようにしたいと思います」

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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