6月6日の棋聖戦五番勝負第1局で、初防衛を目指す藤井聡太棋聖(左)は完璧に近い内容で渡辺明挑戦者を下した(代表撮影)
6月6日の棋聖戦五番勝負第1局で、初防衛を目指す藤井聡太棋聖(左)は完璧に近い内容で渡辺明挑戦者を下した(代表撮影)
谷川浩司(たにがわ・こうじ)/1962年生まれ。76年、14歳で四段昇段。83年、史上最年少21歳で名人就位。97年、十七世名人資格取得(撮影/写真部・高野楓菜)
谷川浩司(たにがわ・こうじ)/1962年生まれ。76年、14歳で四段昇段。83年、史上最年少21歳で名人就位。97年、十七世名人資格取得(撮影/写真部・高野楓菜)

 藤井聡太棋聖が、棋聖戦五番勝負で渡辺明名人に先勝。藤井棋聖と同様に早熟の天才として知られた谷川浩司九段に、この対戦をどう見るか聞いた。AERA 2021年6月21日号の記事を紹介する。

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 藤井棋聖の初防衛戦に挑戦者として名乗りを上げたのは、リベンジを目指す前棋聖の渡辺名人(三冠)だった。今期五番勝負が始まる前、谷川は次のように語っていた。

「渡辺さんは『番勝負の鬼』と言っていいぐらい、戦略的にたけています。タイトル戦の勝率は7割以上で非常に高く、渡辺さんが2年続けて同じ相手に負けるとは想像しにくい。かといってやっぱり、通算勝率8割4分の藤井さんが同じ人に3回負けるとも思いにくい。どちらが負けることも想像しにくいシリーズと言いますかね。そう表現すればわかりやすいでしょうか。あまり専門的な解析じゃないですね(笑)」

■AIの力も借りて研究

 6月6日の第1局は藤井が完勝を収めた。そのあとで改めて、谷川に感想を聞いた。

「第1局は『令和の将棋』だなと思いました。序中盤で駒の交換が何度もありながら、お互いの指し手が最善に近く、局面のバランスが取れている。ある程度はAIの力も借りて事前に深く研究していないと、なかなかこうした将棋を指しこなすのは難しいと思いました」

 渡辺は深い研究を見せながらも功を奏さず、藤井の底知れぬ中終盤力に屈した。

「藤井さんの指し手で私が感心したのは2点ありました。取れる銀を取らず、局面全体を見て、遊んでいる角を使った視野の広い一手。それから終盤で桂を跳ねた手。その瞬間、藤井さんは優勢でも自玉に殺到されて怖い。それでも大丈夫、勝ちを読み切りましたよ、というわけです。指された渡辺さんもショックを受けたんじゃないでしょうか。覚悟はしていたけれど、やはりさすがの終盤力だと。第2局以降、渡辺さんがどうやって立て直してくるかが注目です」

 藤井から見て渡辺との通算対戦成績はこれで6勝1敗。唯一の敗戦である昨年第3局は、渡辺の深い研究が藤井を圧倒した。渡辺はそうした展開に持ち込めるのだろうか。

「藤井さんも序盤の作戦の幅が広がり、昨年の第3局のような想定も難しくなっている。序盤も含めて渡辺さんは頭を悩ませているんじゃないですかね」

 藤井に勝つのはますます難しくなっている?

「第1局を見て、改めてそう思いましたね」

(ライター・松本博文)

AERA 2021年6月21日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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