■序盤も洗練されている

 谷川は藤井の完成度の高さについても指摘する。

「私や羽生さんも10代のうちは序盤は粗削りでした。序盤は経験を重ねることで少しずつ精度が上がっていく。しかし彼はもう、序盤も洗練されています」

 棋士は勝負師、研究者、芸術家の三つの顔を持つべき、というのが谷川の持論だ。

「藤井さんは研究者の部分が大きいと思います。それでも勝負師の部分はあって。四段昇段直後、序盤の力はいまほどではなく、苦しくなる将棋もけっこうあり、そこで勝負師的な面を見せていました。劣勢のときはノータイムで指して相手にも考えさせないようにして、形勢が難しくなったり優勢になったりしたら時間いっぱい使って勝ちを読み切る。ただ、最近は形勢が苦しくなることがあまりないですので(笑)。リードを少しずつ広げて勝ち切るという横綱相撲が非常に多い。なかなか勝負師の部分は現状ではあまり出していない。必要がないといいますかね(笑)。藤井さんが苦しくなったときにどういう勝負術を出すか。詰将棋などで培った正確な終盤力とはちょっと違った勝負手を放つ。そちらのほうも見たいなという気もありますね」

(ライター・松本博文)

AERA 2021年6月21日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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